剣は血を選ばず
王都全体が見守る中、鐘が鳴り響いた。
訓練場は戦場と化し、土煙の向こうには剣光が閃く。
「第一戦――開始!!」
審判の声と同時に、
ガルドが地面を蹴り、砂を巻き上げて突っ込んだ。
相手は名門・ドルト家の三男。
だが、その血筋も、誇りも、何の意味もなかった。
「うおおおおッ!!」
剣と剣がぶつかる――はずだった。
次の瞬間、貴族の剣は宙を舞い、
そのまま本人が地面に叩きつけられる。
会場がざわめいた。
「今の……何が起きた……?」
「一撃……?」
ガルドは何も言わず、木剣を肩に担ぐ。
その瞳には、二ヶ月間の地獄を耐え抜いた者だけが持つ光があった。
⸻
続いて――リオン。
細身の彼は、相手の貴族の三つ子に囲まれても笑みを崩さなかった。
「三対一?
一対一って聞いてたけどルール知らないの?
まぁ嬉しいね。効率がいい。」
刹那、空気が揺れる。
砂煙の中から閃光のような身のこなし。
一人の剣を受け流し、その反動で体を回転――肘で顎を撃ち抜く。
もう一人が突き出した瞬間にはすでに後ろに回り、
足払いで地面に沈めていた。
「君たち、“型”ばかり綺麗でつまらないよ。」
リオンが笑みを残し、軽く指先で剣を払う。
その刃先から、土が静かに落ちた。
⸻
ガレスの番になると、
会場の空気がさらに変わった。
巨体の男。
無口で、鈍重に見えた彼が、剣を抜くと――
地面が鳴った。
「……いくぞ。」
その一言のあと、貴族の盾ごと叩き潰すような一撃。
重い。
鈍い。
けれど、その一撃だけで、全てを終わらせた。
「ば……化け物か……!」
貴族の観客が叫ぶ。
だがガレスは何も言わず、
「庶民は――土から生まれた。
土に立つ力は、誰にも負けねぇ」とだけ呟いた。
⸻
そして、最後にイオリ。
相手は、王都最強と謳われた貴族候補・エルマー。
観客席が息を呑む。
王子も、王も、その視線を向けていた。
「庶民がここまで来るとはな。
夢を見るのは自由だが――終わらせてやる。」
エルマーの剣が閃く。
速い。鋭い。
だが――イオリの足元から、風が生まれた。
(全部見えてる。)
イオリは最小の動きで剣を受け流し、
一歩踏み込み、相手の懐に入る。
一瞬の交差――音もなく。
気づけば、貴族の剣が地面に落ち、
その喉元に、イオリの木剣が突きつけられていた。
沈黙。
風の音だけが、訓練場を満たした。
審判の声が響く。
「勝者――イオリ!!」
歓声が爆発した。
貴族たちが立ち上がり、
民が叫び、子どもたちが涙を流した。
――初めて、“血”ではなく“力”が讃えられた瞬間だった。
ガルド、リオン、ガレス、イオリ。
四人は互いに目を合わせ、何も言わず頷いた。
泥の上に立ち、背中を伸ばす。
その姿に、観客は息を飲む。
彼らの剣は、誰かのために振るう剣。
誇りは、地の底から這い上がった者たちの誇り。
――その日、王都は知ることになる。
“庶民”が、誰よりも強いという現実を。




