真実は剣の先に
それから、噂は静かに、しかし確実に形を変えていった。
最初は小さな囁きだった。
「庶民が卑怯な手を使ったらしい」
「試験の記録が改ざんされたという噂だ」
だが、一度動き出した言葉は止まらない。
貴族の間で、庶民の“快挙”はいつのまにか“疑惑”へと変わっていった。
訓練所の廊下、食堂、街の酒場。
どこへ行っても、誰かが口にする。
――庶民が、不正をした。
その言葉が、一つの“真実”として浸透していく。
イオリたちの歩く先々で、
視線が突き刺さる。
嘲り、警戒、そして恐れ。
リオンは無言でそれを受け流していたが、
夜、寮の部屋でぽつりと呟いた。
「……勝つって、こんなに静かな地獄なんだな。」
イオリも、ガルドも、何も言えなかった。
悔しさも、怒りも、
もう簡単な言葉にはできなかった。
⸻
そして、ついにその噂は“王の耳”に届いた。
王城の会議室。
重厚な扉の奥で、王は沈黙して報告を聞いていた。
王子が進み出る。
「父上、庶民たちが本当に不正をしたという証拠は、どこにもありません。
ですが――このままでは国が割れます。」
老王は目を閉じ、長く息を吐いた。
「……この国を保つのは“信”だ。
民がそれを失えば、力など無意味となる。」
沈黙。
そして、王は重く言葉を落とした。
「ならば、もう一度試さねばなるまい。
誰が真に強き者かを――国民の前で示せ。」
王子が目を見開いた。
「つまり……」
「“誇りの試験”の再試行だ。
だが今度は、すべての者の目の前で行う。
貴族も庶民も、王都の民も見届ける。
――真実を、剣で示せ。」
⸻
数日後。
訓練場の広場には、巨大な観覧席が設けられていた。
王家の旗がはためき、
街中の民が押し寄せている。
「……トーナメント形式だって?」
ガルドが驚いた顔をする。
教官が宣言する。
「不正の疑いを晴らすため、“騎士団長選抜試験”はやり直しとなる!
形式は一対一の勝ち抜き戦!
庶民も貴族も同じ土に立ち、剣を交え、真実を証明せよ!」
歓声とざわめきが入り混じる。
イオリの心臓が高鳴った。
緊張でも恐怖でもない。
ただ、何かが動く音が聞こえた。
リオンが横で苦笑する。
「やっぱり来たね。
――“見せろ”ってことだ。
俺たちの剣が、どれだけ真っすぐかを。」
イオリはうなずいた。
「上等だよ。
もう一度、全部見せてやる。」
風が吹く。
庶民と貴族の間に張り詰めた境界を、
ひとつ、吹き払うように。
そして、静かに鐘が鳴った。
“再選抜”の火蓋が、今――切られた。




