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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
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誇りの選定 ――王命が裂いた朝

それから、また二ヶ月が過ぎた。


相変わらず、庶民候補生の二人だけが重労働を強いられていた。

早朝の鐘とともに起床し、夜には指も動かぬほど疲弊して倒れ込む。

けれど、もう愚痴をこぼさなかった。

文句を言っても、何も変わらない。

だから彼らは――ただ黙って、鍛え続けた。


イオリもガルドも、

肩の筋肉が張り、手のひらの皮が厚くなった。

いつのまにか、教官の罵声にも動じなくなっていた。

それは、心が折れたのではない。

心が、鍛えられたのだ。


朝靄の中、鐘が鳴る。

いつもより――一刻も早く。


「……なんだ?」


イオリが顔を上げると、教官たちが慌ただしく走り回っていた。

ただならぬ空気。

風がざわりと流れ、誰もが息をひそめた。


「全員――整列!」


怒号が響く。

地面を踏み鳴らす音が、訓練場に重く響いた。


やがて、一枚の巻物が掲げられた。

紋章の刻まれた、王家の印。

誰もが息を呑む。


教官の声が震えていた。


「王命を伝える。

 本日より、“誇りの試験”を執り行う。

 身分を問わず、最も強き者を――騎士団総隊長、次に強き者に騎士団副隊長を任ずる!」


どよめきが走った。


「は……? なんだそれ……」

「王命だと? ふざけるな!」

「万が一血を引かぬ者が、上に立つ事があってはー」


貴族候補生が喚き、怒号が渦を巻く。

その一方で、庶民たちは言葉を失い、ただ立ち尽くしていた。

信じられない、という表情で。


イオリの胸が高鳴った。

理由は分からない。

けれど、心の奥がざわつく。

まるで――ずっと閉ざされていた扉が、

今、静かに開かれたような気がした。


リオンがぽつりと呟く。


「……やっぱりな。」


イオリが振り返る。

「え?」


「風が変わったろ? こういうときは、いつだって誰かが動いてるんだ。」


その言葉に、

イオリの視線は自然と空へ向いた。

薄い雲を割って、朝日がのぞく。

まだ冷たい光が、静かに訓練場を照らしていた。


――誰が動かしたのか、

 ここにいる私以外誰も知らない。

 けれどその瞬間、確かに“時代”が動いた。



陽が昇りきらぬうちに、鐘が鳴り響いた。

訓練場の中央。

百を超える候補生が円を描くように立ち並ぶ。

剣を構える者、拳を握る者、そして震える者。

――すべてが、同じ土の上に立っていた。


「試験名、“誇りの選定”。」

教官の声が、重く響く。

「貴族も庶民も関係ない。

 最後まで立っていた者が、“強者”だ。」


ざわめきが広がる。

誰もが信じられないという顔をしていた。

だが次の瞬間、号令が下る。


「――始めッ!!」


怒号とともに、地が唸った。

貴族たちが群れをなして突進する。

庶民を狙い撃つように。

「どうせ最初に消えるのはお前らだ!」

「這いつくばるのがお似合いだ!」


木剣が飛ぶ。砂が舞う。

その中で、最初に動いたのは――ガルドだった。


「うるせぇッ!!」


雷のような咆哮とともに剣を振り抜く。

刃が風を裂き、三人を一度に吹き飛ばした。

その背中に、イオリが滑り込む。

足音を殺し、相手の攻撃を一瞬で見切って胴を払う。

流れるような動きだった。


「狙うなら、覚悟を決めてこい」


静かな声。だがその刃は、氷より鋭い。


周囲が息を呑んだとき、

リオンの姿が風のように消えた。

次の瞬間、背後にいた貴族五人が一斉に崩れ落ちる。


「数で勝負するのは悪手だね。

 “群れ”は、頭を落とせば散る。」


彼は冗談めかした笑みを浮かべながら、

正確に急所を突いていた。


そして――

中央では、寡黙な男・ガレスが巨体を揺らして立っていた。

誰よりも遅く動き、誰よりも重く打つ。

一撃で相手を地面ごと叩き伏せるその姿は、まるで土の巨人。


「庶民は……踏みつけられても、起き上がる。」


その言葉に、場の空気が変わった。


――貴族たちが怯えはじめた。

次々と仲間が倒れ、

笑っていたはずの顔が青ざめていく。


イオリは息を吐いた。

体が熱い。

泥と血と汗が混じる。

けれど、不思議なほど冷静だった。


(手が……動く。

 “誇り”って、これのことか……)


気づけば――

残っているのは、四人だけだった。


ガルド。

ガレス。

リオン。

そして、イオリ。


沈黙。

風だけが砂を巻き上げ、観覧席の貴族たちが凍りつく。


教官が、声を震わせながら叫んだ。


「勝者――四名!!」


訓練場を包んだ静寂は、

やがて、地の底から湧き上がるようなざわめきへと変わった。


イオリは木剣を地面に突き立て、

空を仰いだ。

そこには、雲を割る光が差し込んでいた。


(誰が……この試験を変えた?)

(――いや、今はどうでもいい)


ただ一つ、確かに感じた。

“この国が、少しだけ動いた”と。


リオンが笑う。

「これでいい。

 剣は、誰のためにあるか……見せられた。」


四人は無言のまま、泥の上に立っていた。

誇りだけが、そこにあった。




月が高く昇り、戦いの熱がようやく静まった。

夜風が涼しく、汗と血の匂いを運んでいく。

誰もが眠りに落ちた寮の裏で、

焚き火の赤い光の中に、四人の影が揺れていた。


ガルドが草の上に寝転びながら笑う。

「いやー、あいつらの顔見ました? ビビり散らかしてましたよ!

 普段サボってるから、ざまぁって感じっす!」


リオンは火を見つめながら、薄く笑った。

「まぁね。僕たちは毎日“動かされてた”から、当然の結果だよ。

 ……でも、後が怖いなぁ。」


「後?」イオリが眉を寄せる。


リオンは夜空を仰ぎ、ぽつりと呟く。

「僕らが勝ったことで、誰かが“恥をかいた”んだ。

 貴族ってのはね、負けるより、笑われることの方が耐えられないんだよ。」


静かな空気が流れた。

焚き火の火が、風に揺らめく。

ガレスが無言のまま、薪を一本くべる。


「……でも、俺は後悔してねぇ。」

低く重い声が夜を割った。

「誰に何言われようと、あの瞬間――“俺たちは勝った”んだ。

 それで充分だろ。」


リオンが口元をゆるめ、

イオリはわずかに頷いた。


「そうだな。誰がどう言おうと、

 “誇り”だけは誰にも奪えない。」


四人の視線が交わる。

炎が、まるで誓いの灯のように揺れた。



翌朝。

まだ太陽が顔を出す前、訓練場にざわめきが広がっていた。


「聞いたか? 昨日の試験、庶民が不正したってよ」

「武器に細工したらしい」

「まさか王命を利用して地位を奪うとは……!」


囁きは瞬く間に燃え広がった。

誰が言い出したのか分からない。

けれど、それが“真実”のように扱われていく。


イオリたちが訓練場に姿を現すと、

空気が変わった。

視線。嘲笑。冷たい沈黙。


ガルドが眉をひそめる。

「……なんすか、あの目。

 俺ら、何かしたか?」


リオンは何も言わず、ただ静かに空を見上げた。

灰色の雲が広がっていた。

まるで――この国の“本音”を覆い隠すように。


(ああ……これが、反撃か)


イオリは唇を噛みしめた。

勝っても、なお這い寄ってくる理不尽。

だが、胸の奥で何かが確かに燃えていた。


「――負けてたまるか。」


風が吹く。

庶民の誇りを揺らすように。

それは、嵐の前触れだった。


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