庶民逆襲 ――試験会場を震わせた二つの名
朝靄の中、試験会場の鐘が鳴り響いた。
冷たい石造りの会場には、緊張と見下しが混じり合っている。
イオリとガルドが席に着くと、周囲の貴族受験者たちがざわついた。
「庶民が混ざってるぞ……」
「銀貨三十枚で騎士になれると思ってるのか」
イオリは聞こえぬふりをした。
(いいさ。喋る時間があるなら、頭を使えばいい)
机に並べられた羽ペンを手に取る。
紙の端に淡く光る紋章。王家直轄の筆記試験。
監督官の声が響く。
「――始めよ」
⸻
ー筆記試験ー
問題文を読むまでもなかった。
イオリは記憶の底から、瞬時に答えを引き出していく。
戦略・地理・外交史・兵法。
文字が流れるように並び、インクの音だけが響く。
(幼い頃、図書館で夜通し読んだ。
“知”を持つ者が“力”を支えるのが、この国の形だった。
……なら、私はその形を逆にしてやる)
隣のガルドが小声で唸った。
「うぉ……むずすぎだろ……!」
イオリは口の端をわずかに上げる。
「考えるな。感じろ」
「感じて分かるかよ!」
そのやり取りに、周囲の貴族たちがクスクスと笑った。
「庶民には字も難しいか」「見てて滑稽だな」
けれど、試験が終わる頃には笑い声は消えていた。
イオリの答案用紙だけが、一切の誤字もなく、整然と並んだ完璧な文字で埋まっていたからだ。
⸻
ー実技試験ー
昼下がり、砂塵の舞う訓練場。
試験官たちは貴族ばかり。
彼らは椅子にふんぞり返り、庶民の参加者をあざ笑っていた。
「庶民が剣を握るなど滑稽だな」
「汚れた手で、鋼を持つ気か」
ガルドは無言で剣を抜いた。
その剣は借り物。刃こぼれし、重心も偏っている。
だが彼は構えただけで、周囲の空気が変わった。
審判役の貴族が鼻を鳴らす。
「相手は我が甥だ。あまり怪我をさせるなよ、庶民」
ガルドは答えなかった。
試合開始の合図と同時に、
貴族の青年が突進――だが次の瞬間。
金属音が響く。
観客が息を呑む。
貴族の剣が宙を舞い、地面に突き刺さった。
ガルドの剣が相手の喉元に止まっていた。
「……終了」
審判の声が震える。
砂煙の中で、イオリが呟いた。
「やっぱり、やるときはやるね」
「当たり前だろ」
ガルドがにやりと笑う。
「庶民なめんなっての」
⸻
夕暮れの光の中、合格者の名が張り出された。
掲示板の前には人だかり。
そこに――
「イオリ」
「ガルド」
二つの名前が、誇らしく刻まれていた。
「は? 庶民が?」「不正だ!」
貴族たちが口々に叫ぶ中、
イオリは静かに掲示を見上げた。
「……案外、簡単だったな」
「お前、筆記満点だったらしいぞ」
「そっちは実技トップだろ」
ふたりは笑い合った。
その笑顔は、誰にも汚せない“庶民の誇り”だった。




