光は土より生まれる
崩落直後。
兵士たちは慌てるどころか、冷静に伝令を走らせる。
「崩落したと報告しろ」
「了解」
坑道から響く呻き声。
岩に押し潰された仲間が必死に助けを求める。
イオリは迷わず駆け寄り、土砂を素手で掻き出した。
「大丈夫か! 今助ける!」
爪が割れ、血がにじんでも構わない。
近くで見ていた労働者も動こうとする。
「俺も……!」
だが兵士が前に立ちふさがる。
「違う採掘場に行け。
これは命令だ。金欲しくないのか?」、
「はぁ? 人命救助が優先だろ!」
イオリは振り返り怒鳴った。
「金払えない? いらねぇよ!」
兵士の顔が歪む。だが命令は絶対。
人々は苦渋の顔で背を向け、再びツルハシを握った。
⸻
1時間も経たぬうちに、煌びやかな馬車が土煙を上げて現れた。
降り立ったのは、グロース伯爵とその娘リリアナ。
「遅れを取り戻すために導入したのに、結果これか」
伯爵は崩れた坑道を見下ろし、肩をすくめる。
「まったく、ついてない」
「えー、ほんとに汚い〜!」
リリアナは鼻をつまみ、顔をしかめた。
「お父様、今日はお買い物って言ったじゃない。こんなのどうでもいいから、早く行きましょうよ」
「そうだな」伯爵は冷笑を浮かべる。
「駒などいくらでもいる。残った者を採掘に向かわせろ。人命救助? 笑わせるな。ごみを掘り出す暇などあるものか」
その言葉に、イオリの拳が震えた。
「……ふざけるな」
イオリは立ち上がった。
伯爵とリリアナを見据える瞳が燃えている。
「駒? ごみ? 人間をなんだと思ってやがる!」
声は震えていた。怒りと、どうしようもない悔しさとで。
「人命救助より採掘? そんなもん秩序でも支配でもねぇ! ただの虐殺だろ!」
兵士たちがざわめく。
伯爵がゆっくりと顔を上げ、冷たい笑みを浮かべた。
「……誰だ? 小僧」
イオリがさらに口を開こうとした瞬間――
「殿下、ご到着です!」
遠くから声が響いた。
第一王子セイランを中心とした騎士団の一行が、紋章旗を掲げながら姿を現したのだ。
「……ちっ」伯爵の顔がわずかに引きつる。
だが、その横で兵士の一人が怒声を上げた。
「黙れっ!」
次の瞬間、イオリの頬に拳が叩き込まれた。
ごうん、と鈍い音が響く。
体がよろめき、帽子が地に落ちる。
――ばさっ。
腰まで伸びた金の髪が土煙に揺れた。
周囲が息を呑む。
「……女だと……?」
兵士たちがざわつく。
土煙の中、金の髪を揺らす少女が真っ直ぐに伯爵を睨んでいた。
イリスは血の滲む唇を拭い、ゆっくりと声を響かせる。
その声音は怒りに震えていたが、言葉は鋭く研ぎ澄まされていた。
「ここで働いているのは、あなた達と同じ――血が通った人間です」
静まり返る鉱山に、その声が突き刺さる。
「決してゴミなどではない。必死に生きようと、泥にまみれ、汗に塗れて、命を削って……それでも抗っている人々です」
伯爵が鼻で笑う。
「ほう……口の減らない娘だ」
しかしイリスは怯まず、さらに一歩踏み出す。
「何故、この人たちを“ゴミ”と呼ぶ? あなた方貴族の贅沢な暮らしを、誰が支えていると思う?」
リリアナが眉をひそめる。
「下賤な平民に決まってるじゃない」
イリスの目が鋭く光った。
「そうだ。この人たちだ! 土を掘り、石を砕き、血を流して――あなた達に金と宝石と食卓を運んでいるのは、この人々だ!」
言葉は烈火のように燃え上がる。
「その民を蔑ろにし、命を軽んじるお前たちこそ――ゴミだ!」
ざわめきが広がる。
労働者たちが涙に濡れた目でイリスを見つめる。
騎士団の列も一瞬、息を呑んだ。
伯爵の顔が怒りに歪む。
だがその横で、王子が静かに馬を降りた。
その眼差しは、炎のように燃える少女を真っ直ぐに捉えていた。




