炎の瞳、凍てつく誓い
朝――イリスがランプを市場へ納めに出ていたその隙に、不穏な影が忍び寄った。
地響きのような靴音。
残土残石置き場に集った労働者たちの前に、整然とした兵の列が現れる。
先頭の将校は、無機質な声で告げた。
「ここに集う者は、扇動者に従った反逆者と認定する」
ざわめきが広がる。
「な、何を言ってやがる!」
「俺たちはただ……!」
将校は容赦なく続けた。
「従わぬ者は拘束し、収容所に送る。即刻、鉱山に戻り働け。さもなくば処刑も辞さぬ」
その瞬間――兵たちが一斉に突進した。
「やめろぉぉ!!」
叫びを上げた男の頭に、棍棒が容赦なく振り下ろされる。鈍い音とともに血が泥に飛び散った。
母を庇った青年の腕は、兵士の剣で切り裂かれ、悲鳴とともに地に伏す。
その隣で泣き叫ぶ子供の口に、無理やり布が押し込まれた。
鎖が鳴る。
兵士が縄で縛り上げるたび、骨が軋むような声が上がる。
立ち上がろうとする者は、靴で顔を踏みつけられ、歯が折れて泥に散った。
「動くな! 逆らうな!」
怒声と共に、抵抗した者は次々と殴打される。
仲間を庇った老人は、兵に笑われながら何度も蹴りつけられ、やがて動かなくなった。
――そこに残ったのは、血と泥と絶望の匂い。
かつて笑顔で白パンを頬張っていた者たちが、今は鎖に繋がれ、鉱山への護送車に詰め込まれていく。
泣き叫ぶ声は馬車の車輪にかき消され、空気を震わせる。
⸻
昼過ぎ。
「……お嬢様……!」
蒼白な顔で駆け込んできたマルタの声に、イリスは立ち上がった。
「何があったの?」
「残土残石置き場が……封鎖されました……! 人々は捕らえられて……!」
オズ、マルタ、イリスの三人は急ぎ現場へ向かう。
しかしそこにあったのは、重々しい鉄柵と血痕が点々と残る泥。
労働者たちの姿は影もなく、ただ鎖の切れ端と踏み潰されたパンの欠片だけが転がっていた。
イリスは遠くで馬車を見た。
その奥で薄ら笑いを浮かべるグロース伯爵の姿が、一瞬だけ垣間見える。
――睨んだ。
「……伯爵……」
低く吐き出したその声は、凍りつくような冷たさと、焼き尽くす炎の両方を孕んでいた。
「人を人と思わぬお前……必ず後悔させてやる」
その眼光に、オズでさえ言葉を失った。




