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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
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光は土より生まれる

夜の市場はざわめきに包まれていた。

露店の列のあちこちで――蝋燭ではない、柔らかな光が灯っている。


「すげぇ……火じゃねぇのに、こんなに明るい!」

「蝋燭の煙も煤もねぇ! 子供の勉強にも使えるぞ!」

「値段も……買える! 庶民でも買えるぞ!」


人々は目を輝かせ、手にしたランプを掲げた。

残石から生まれた《光石》と《火石》の融合――イリスが造作した奇跡の灯火。

その光は瞬く間に広がり、町全体を飲み込んでいった。


同業者や商人たちが慌てて真似を試みる。

だがどう組み合わせても、光は生まれない。

“造作”という秘術を握るのは、ただ一人。

市場は完全に、イリスの独壇場となっていた。



一方その頃、残土と残石の置き場では。


「……また増えてやがる」

ガルドが低く唸った。


わずか十人から始まった人員は、半月も経たぬうちに百五十人を超えていた。

最初は残石の仕分けだけだった作業も、今では残土にまで手が入り、土の質を選び、再利用へと繋がっている。


背に汗が流れ、額に泥がつく。

だがそこに絶望の影はない。

かつて銅貨一枚を握らされていた労働者たちが、今は銀貨を受け取り――確かに未来を見ていた。



そして夜。


人々が去ったあと、残されたのはひとりの女だけだった。

月明かりに照らされた町娘――イリス。


「……さぁ、次は暮らしを変える番よ」


残石と残土が宙に舞い、光を帯びて組み上がっていく。

まるで神話の一節のように、石と土は鉄壁をなし、夜の間に建物を形作った。


夜が明け、労働者たちは目を疑った。


「な、なんだ……これ……?」

「宿舎だ! 俺たちのための……!」

「中に……浴場がある!? 湯が……湯が出てるぞ!」


歓喜と驚きが一斉に広がる。

湯気に包まれて子どもがはしゃぎ、大人が涙を流す。

頑丈な宿舎、清らかな水、溢れる湯。

それは、地獄のような鉱山労働者の暮らしを一変させる楽園だった。


イリスはただ黙って、その光景を見守っていた。

――これが当然の姿だ、と言わんばかりに。



だが、その影で別の炎が燃え上がっていた。


「……鉱山の発掘が遅れているだと?」

報告を受けたグロース伯爵の顔が、怒りで醜く歪む。


「馬鹿な! 銅貨で十分にこき使えるはずの連中が……なぜ掘らぬ!」

机を叩く音が、重々しく響き渡る。


「誰だ……誰が奴らを惑わせている……!」

怒声は血の気を孕み、周囲の空気を凍らせた。


やがて報告を重ねる兵の口から、「残石と残土の置き場に現れた謎の女」の噂が漏れた。

労働者を引き抜き、銀貨を払い、さらには人心を奪う女。


伯爵の拳が震え、吐き捨てるように声が迸った。


「……町娘風情が!」


その名はまだ誰も知らぬ。

だが、鉱山を揺るがす“正体不明の存在”として――伯爵の憎悪は確かに、その女へと向けられ始めていた。

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