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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
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泥の中の宝石

鉱山の入り口。

湿った風と石を砕く音――変わらぬ景色の中、イオリ(イリス)は深く帽子をかぶり直した。


「お久しぶりでーす」

わざと声を低めに響かせる。


「新入りか? 貧弱そうだな! ここは甘くねぇぞ!」

大柄な作業員がじろりと睨みつけてきた。

イオリは胸の奥で(またこのくだりか)と懐かしく思いながらも、低い声で返す。


「以前、ここで働いてました。今日からまた、よろしくお願いします」


案内されたのは、かつて汗水を流した残土と残石の運搬場。

その中で――見慣れた背中を見つけ、思わず声が弾む。


「ガルド!」


呼ばれた男が振り返り、白い歯を見せて破顔する。

「おおっ!? イオリじゃねぇか!」

大股で駆け寄り、力強く肩をつかんでくる。


「お前、いなくなってからどんくらいだ? てっきり他所の町に流れたかと思ってたぜ!」


イオリはにやりと笑い、帽子を押さえながら軽口を叩いた。

「お前こそ……まだ騎士になってねーじゃん」


「うるせぇ!」

ガルドは顔を真っ赤にし、思い切りイオリの帽子を叩いた。

「夢は夢だ! いつか必ず騎士になってやるんだよ!」


イオリは大げさに肩をすくめ、わざとらしくため息をつく。

「はいはい、“いつか”ね。“そのいつか”が来るまで、俺の荷車を押すの手伝えよ」


「ははっ! 相変わらず生意気だな!」

ガルドは豪快に笑い、また帽子を思い切り叩いた。

「でも嬉しいぜ。まさかまた一緒に石運びできるとはな!」


イオリも拳を突き出し、ガルドの拳に軽く合わせる。

ただの仕草ひとつが、胸に熱を灯した。


「ほらイオリ! サボるな、昔みたいにがんがん運べ!」

「わかってるよ! 負けないからな!」


二人は笑い合いながら石を担ぐ。

鉱山の重苦しい空気に、若い二人の声がひときわ明るく響いていた。


――令嬢だったはずの少女は、今は“男”として土と石にまみれている。

その姿を誰も疑わず、仲間として受け入れていた。




それから――イリスは“イオリ”として鉱山で二ヶ月を過ごした。

朝から晩まで石と汗にまみれ、背中を土で黒く染めながら、誰よりも黙々と働いた。

賃金は安い。飯も質素。

けれど、その日々は妙に心地よかった。




休憩時間。

岩に腰を下ろしたガルドが、木板にぎこちなく文字を刻む。

「……これで、“け”だろ?」

「おう、合ってる。少し形が歪んでるけどな」

イオリは腕を組んでうなずき、偉そうに笑う。

「ははっ、字くらい読めねぇと騎士の入団試験には受からねぇんだろ?」

「チクショウ……お前、絶対教師に向いてねぇ」


夕暮れになると、今度は立場が逆になる。

「もっと腰を落とせ! 剣は腕じゃねぇ、体で振るんだ!」

「わかってるって! この鉱山の荷車より重いんだよ、この鉄塊!」

カン、と火花を散らす木剣。

汗まみれの笑い声が、鉱山の冷たい風に溶けていく。




鉱山で汗を流す“イオリ”の裏で――

“イリス”としての姿は静かに動いていた。


残土と残石が無造作に積まれた置き場。

そこは誰にとっても「ただの厄介者」だった。

処分費用もかかり、持っていても利益にはならない。


イリスは帳面を片手に、土地の管理者と対峙する。


「この残石置き場、私に譲っていただけませんか?」


最初は目を丸くしていた管理者だが、次の瞬間、声を上げて笑った。

「……ははっ! 嬢ちゃん、冗談きついな! こんなゴミ山を買う奴がいるとは思わなかったぜ!」

「ゴミ……ね。私にとっては宝石の山かもしれませんよ」

イリスはさらりと笑い、契約書に署名する。


「いやぁ……こりゃ助かる! こっちは処分に困ってたんだ。逆に“金を払ってでも引き取ってくれ”って言いたいくらいでな!」

管理者は何度も頭を下げ、契約の紙を両手で押し付けるように渡してきた。


イリスは微笑みながら受け取る。

「では、これで取引成立ですね。……ありがとうございます」


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