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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
20/77

狂人令嬢、再び鉱山へ

勘当されてから数日後。

帳簿をめくっていたオズの耳に、慌ただしい足音が近づいてきた。


「お嬢様ーー!」


勢いよく扉が開かれ、現れたのはマルタだった。

息を切らし、目を潤ませながら、まるで迷子の子どもが親を見つけたかのような顔をしている。


「やはり……やはりこちらにいらしたのですね」


「……あら! マルタじゃない。久しぶりね」


イリスはソファに腰かけ、ゆったりと足を組んでいた。

だがその姿に、マルタは思わず息を呑む。


――町娘の衣服をまとったイリス。

だが誰がどう見ても、そこに座っているのは町娘ではなく、気品を纏った令嬢そのもの。

粗末な布も、彼女の前では舞台衣装のように格上げされてしまう。


「そ、その格好は……」


イリスはケラケラ笑って裾を摘む。

「あぁ、これ? “勘当令嬢”がドレスなんて着て歩いたら、噂の的になっちゃうでしょ?」


冗談めかした声に、マルタの胸がぎゅっと締め付けられる。

主が、こんな風に笑っているなんて。


「お嬢様……」

涙をこらえながら、マルタは深々と頭を下げた。

「私、グランディア家を辞めて参りました。どうか……どうかおそばに置いてくださいませ!」


「えぇ!? ちょっと待って、それは本気?」


「はい。必ずお役に立ちます。掃除も洗濯も料理も……毒見だって!」


「毒見は別にいらないけど……」

イリスはぽかんとしつつも、やがてくすりと笑った。

「しょうがないわねぇ……じゃあ、頼むわ。――マルタ」


「お嬢様!」


「とりあえず、鉱山に行きたいの。だからまた弟の服貸してくれる?」


「……鉱山!? えぇ!? いきなりですか!?」


その場でずっこけるマルタ。

オズは帳簿を放り出し、頭を抱えてうめいた。


「おい……次は鉱山かよ。俺の胃に穴が空く未来しか見えねぇ……」


イリスは勝ち誇った笑みでクルリと椅子を回した。

「無価値なものに価値を与えるのが、商人ってものでしょう? さぁ、次の舞台は石と泥よ!」


オズは深くため息をつき、ぼそりと呟く。

「お前は商人じゃなくて、ただの暴走令嬢だろ」



商館の一室で、イリスはマルタが持ってきた弟の服に袖を通していた。


鏡の前で、くるりと回る。

「懐かしい〜……イオリだ〜」


くすくすと笑うマルタ。

――その様子を、帳簿から顔を上げたオズが思わず凝視した。


「……どういうことだ?」


イリスは髪を後ろでまとめ直し、帽子の中に押し込む。まるで何でもないことのように言った。

「昔ね、ちょっと鉱山で働いてたのよ。イオリって名前で」


「はぁ!?」

椅子がきしむほど勢いよく立ち上がるオズ。

「お前……伯爵令嬢が鉱山で!? 一ヶ月も!? 頭おかしいのか!」


イリスはケロリとした顔で肩をすくめる。

「人生には色々経験しなきゃわからないこともあるの。だからちょっと体験してきただけよ」


オズは空いた口が塞がらず、マルタは「やっぱり……」と遠い目でうなずいている。


やがてイリスは両手を腰に当て、にんまりと笑った。

「さぁ、それじゃあまたイオリとして働かなきゃね!」


「ちょっと待て!」オズが机を叩いた。

「金ならあるだろ!? なんでわざわざ汗水垂らして働く必要があるんだ!」


イリスは振り返り、まっすぐに彼を見据えた。

その瞳は、令嬢らしからぬ強さと熱を宿していた。


「前にも言ったでしょ?

――“無価値なものに、価値を与える”って。


鉱山で安い金でこき使われてる人たちがいる。

庶民の立場で働き、その環境を変えてやるのよ」


そう言って、イリスは天に向かって拳を突き上げた。

唇からこぼれるのは、高らかな笑い声。


「はーっはっはっは!」


その姿は、小汚い服をまとっていてもなお、気品と凛々しさを隠しきれない。

むしろそのギャップが――ひどく、眩しかった。


オズは頭を抱え、ため息をつく。

「……ほんと、どうして俺はこんな女に振り回されてんだか」


だがその横顔には、わずかながら誇らしさも滲んでいた。


――狂人"元"令嬢イリス、“イオリ”として再び鉱山へ。

物語は、ますます予測不能に転がっていく。




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