もう一度の人生
闇に沈む感覚のあと、私が目を開けた時、そこに処刑台も群衆もなかった。
白く、無機質な光が天井から降り注ぎ、耳には病室の一定した機械音。泣き声とともに母の腕の温もりが戻ってきた。父がぎこちなく笑っている。
気づけば私は――日本という国に、「ただの女の子」として生まれ変わっていた。
魔法も爵位もない。平凡で脆い身体。だが確かに与えられていたのは、二度目の人生だった。
小学校ではランドセルを背負い、友だちとふざけ合った。ときに笑い、ときにいじめに傷つき、布団を濡らして泣いた夜もある。中学では、夢を語れば嘲笑われ、部活では期待に応えられず悔し涙を流した。
それでも、小さな日常は確かな安寧をくれた。学校帰りに食べたコンビニの肉まんの温かさ、好きな人との交わした些細な会話――どれも私の胸に沁みた。だが、処刑台の冷たさはいつまでも棘になって残っている。
「私は今度こそ、自分で生きる」
そう、心に誓ったはずだった。
高校では近所のホームセンターでアルバイトを始めた。理由は単純だ。木材や工具、塗料や植物が並ぶその空間になぜか胸が騒いだのだ。
初日のレジでバーコードが読み取れず、後ろ客に舌打ちされる。何度も頭を下げ、謝った。だが閉店間際、年配の女性が小さく笑って言った。
「ありがとうね、助かったわ」
その一言で、胸がじんと温かくなった。
「あぁ……私、誰かを喜ばせられるんだ」
その感覚が、前世の痛みを初めて癒した。
大学に進んでも私はホームセンターを続けた。講義の合間にレポートを書き、夕方からカウンターへ。重い木材を抱え、汗を流し、手のひらは豆で固まった。冬はアカギレで血がにじむ。だが、客の「ありがとう」に報われる。
卒業後も店に残り、私の夢ははっきりしていた――「女性初の店長になること」。
だが、その願いは無情に奪われる。ある午後、木材コーナーで積まれていた資材の束が崩れ落ちた。鎖が外されていたのだ。
「危ない!」と叫ぶ間もなく、木と鉄と粉塵が一斉に降りかかる。息が圧され、肺が焼けるように痛む。視界は赤と黒に染まった。
――いやだ、まだ。店長になって、もっと学んで、もっと人を助けたい。
その思いは叫びにならず、胸の奥で木霊した。
そして、世界は再び暗くなった。
私の二度目の人生は、そこで終わった。




