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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
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第二章 狂人令嬢、屋敷を揺るがす

伯爵家の広間。

煌めくシャンデリアの下、重厚な長机の上には山と積まれた金貨の箱。

開かれた蓋の中で、黄金の輝きがぎらりと光を返す。


「……ここに、約束通り金貨千枚を用意しました」

イリスは裾を払って一歩進み、静かに告げた。


両親の瞳が一瞬で輝きを宿す。

父は立ち上がり、母は扇を取り落とさんばかりに息を呑んだ。


「おお……! これで我がグランディア家も安泰だ! 金貨千枚! 我らの誇りも未来も、この手に戻ったのだ!」

「さすが我が娘……いや、これほどの金を持ち帰るとは……!」


歓喜に震える両親の声が、広間に反響する。

けれどイリスは一歩も動かず、冷ややかに微笑んだ。


「……勘違いなさらないでくださいませ」


父母の動きが止まる。

黄金の輝きよりも鋭い、イリスの声が響いた。


「私は約束を果たしました。“半年で金貨千枚を用意する”と。

 けれど――差し上げるとは一言も申し上げておりません」


「な、なんだと……?」

父の顔から血の気が引き、母の瞳が怒りに染まる。


「この大金は、私の努力の証。私の未来のために使わせていただきます」

イリスは淡々と告げ、裾をひるがえした。


「貴様ぁ! この親不孝者!」

「我らを誰だと思っている! 娘が親に背を向けるなど――!」


怒声が広間に響く。

しかしイリスは微塵も表情を崩さず、涼やかに振り返った。


「育てていただいたことには感謝しております。

 そして、私を十年ものあいだ図書館に籠もらせてくださったことにも。

 ……けれど、“狂人”と嘲り、この家の恥として扱ったのは、他ならぬお父様とお母様でしょう?」


静謐な笑み。

その声は氷のように冷たく、広間の空気を凍りつかせた。


黄金の山よりも重く、その一言が両親の胸に突き刺さる。


「親不孝者め! 勘当だ! 二度とグランディアの名を名乗るな!」

父の怒号が屋敷に響き渡った。

母も顔を真っ赤にして叫ぶ。

「恥知らず! お前のような娘はもう我が家の者ではありません!」


イリスは小さくため息をつくと、ふっと口元をゆるめた。

「あらあら……今や社交界で注目の的の私を勘当、ですか。

それこそグランディアの名に泥を塗るようなものですわね」


その挑発的な笑みに、両親の怒りはさらに燃え上がった。

だがイリスは動じず、優雅に裾を払って一礼した。


「まぁ、いいでしょう。

今まで――育てていただいたことには、感謝しています」


そう言い残すと、イリスは静かに屋敷を後にした。

背後で両親の罵声が飛ぶが、彼女は一切振り返らなかった。



数日後、商館の一室。


帳簿を見ていたオズが顔を上げ、呆れたように眉をひそめた。

「……で? お前、勘当されたってわけか?」


ソファにふんぞり返ったイリスは、ケロリとした顔でお茶をすすっている。

「そうなのよ〜。あの人たち、本当に勿体ないわよねぇ。

こんな優秀な娘を手放すなんて」


オズは思わず頭を抱えた。

「優秀とか自分で言うな……」


イリスは肩をすくめ、にこやかにお茶を口にした。

――でもまぁ、いいの。前世だって、あの人たち私が処刑される前私を散々罵って捨てた。

むしろ変なしがらみから逃れられて、今はスッキリしている。


「……だからって、ここに住むとか言い出すバカはどこのどいつだよ」


オズの突っ込みに、イリスはにっこり。


「しょうがないじゃない。住む場所がないんだから。

少しの間、居候させてよ」


「……俺の人生、絶対ろくでもない方向に転がってる気がする」

そうぼやくオズをよそに、イリスは勝ち誇ったようにクッキーをつまんだ。


――狂人令嬢の第二幕は、ここから始まる。


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