胡散臭い商人と、狂人令嬢の祝杯
あれから数日後――。
王宮からの布告が街中を駆け巡った。
「クラウス・フェルネスの名誉を回復する」
「ディルク侯爵の罪を糾す」
そして異例のことに、国はフェルネス家へ公式に謝罪し、多額の補償金を支払うと発表した。
街の人々は「商人の一族に国が頭を下げた」と驚き、同時に喝采を上げた。
だが、イリスとオズにとってそれは終わりではない。
――あくまで通過点にすぎなかった。
商館の一室。
陽が傾き、窓から射し込む光が机の上に長い影を落とす。
書類を片づけていたオズが、不意に顔を上げた。
彼の表情はどこか複雑で、問いかける声には静かな熱がこもっていた。
「……なぁイリス。お前、最初から全部分かってて……俺に近づいたんじゃないのか?」
イリスは椅子にもたれ、あっけらかんと首を傾げる。
「え? 何のこと? ただの偶然よ」
その声は軽い。だが胸の奥では――(ディルク侯爵が“たまたま”私の元婚約者の父親だったことは、秘密にしておくわ)と、ひとつ冷たい笑みを落としていた。
「……ふん、たまたまね」
オズは深くため息をつき、それでも口元を緩めた。
「でもお前……本当にやり遂げたな。たった四ヶ月で、金貨千枚。おかげで俺の懐まであったかくなったぜ」
イリスは胸を張り、勝ち誇ったように顎を上げる。
「そうでしょう! もっと褒めてもいいのよ?」
二人は思わず同時に笑い出した。
「さっ、全部片付いたことだし……頑張った私に祝杯をあげなきゃね!」
「お、酒か?」
「いえいえ。一応まだ未成年ですので〜」
「なんだよそれ!」
オズが大げさに肩を落とし、イリスは楽しげに笑い声をあげる。
互いの視線がふと重なる。
そこにあるのは利害を超えた、確かな信頼。
そして未来への同じ熱。
夜が深まっていく商館の中で、二人の笑い声はいつまでも響いていた。
――こうして、狂人令嬢と胡散臭い商人の物語・第一章は幕を閉じた。




