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処刑台から始まる、狂人令嬢の記録  作者: 脇汗ベリッシマ
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琥珀の誓い

昼下がりの商館。

窓辺から差し込む陽に、金縁のカップの中で琥珀色の茶がゆらめいていた。

イリスは優雅に一口含み、ゆっくりと微笑む。


「ご婦人方はね、必ずお茶会や舞踏会で話題にするのよ。

“この香り石鹸を使ったら肌が艶やかになった”とか、“舞踏のときに羨ましがられたの”とか。

勝手に宣伝してくれるんだから、私たちは在庫を構えていればいいの」


その余裕ある声音に、向かいのオズワルドは目を細め、カップを乱暴に机に置いた。

「……素朴な疑問なんだがな。なんでご令嬢が金稼ぎなんてしてんだ?」


イリスは肩を揺らし、楽しげに笑う。

「汚名返上のためかしらね。私、十年間引きこもりだったでしょう? 本の狂人。おかげで家の名はだいぶ傷ついたわ」


「だったら、こんな商品……あんた一人でやればよかったんじゃねぇのか?」

オズの声は少し尖っていた。

「俺なんかいなくても、絶対成功してただろ」


イリスは茶器をそっと皿に戻すと、真っ直ぐに彼を見た。

その瞳は、遊びを忘れた刃のように鋭い。


「そうかしら? 私は――あなたがいたから、ここまで伸びたのだと思っているわ」


オズの眉がぴくりと動く。

イリスは一拍置いて、声を落とした。


「そしてね、あなたの父親が“詐欺で処刑された”という虚偽の汚名を……一緒に晴らしましょう」


「……はぁ?」

オズの声が低く震えた。


「あなたの父親――クラウス・フェルネスは、ハメられたのよ」


瞬間、オズの手が机を叩いた。

「なんで知ってんだよ」


イリスは目を細め、唇の端を上げた。

「私を誰だと思っているの? 図書館で処刑リストも、商人組合の帳簿も全部読んだの。数字の流れを見れば一目瞭然。

あなたの父は立派な商人だった。だが、とある貴族――ディルク侯爵に騙され、“詐欺”の罪を着せられたの」


オズの顔から血の気が引いた。

濁った灰色の瞳が、信じられないというように揺れている。


脳裏に一瞬だけよぎる、幼き日の記憶。

帳簿をめくる大きな背中。

手を握りしめ、「必ず戻る」と笑った父の顔。

――そのまま二度と帰らなかった背中。


「……嘘だろ」

「嘘じゃないわ」イリスは静かに首を振る。

「数字は、嘘をつかない」


沈黙が落ちる。

オズの喉が、ごくりと鳴った。

その胸の奥に、十数年押し込めていた疑念と怒りが一気に膨れ上がる。


イリスはそっと微笑み、差し出した手を机に置いた。

「あなたは商人。私は“鍵”を持つ者。二人でなら、この国を動かすこともできる」


オズはしばらく言葉を失っていたが、やがて低く笑い声を漏らした。

「……あんた、本当に化け物だな。けど――悪くねぇ」


二人の間で交わされた視線は、もはや取引のそれではなかった。

その瞬間、彼らは後戻りできない道を歩み始めた。

共犯者として、運命を共にする道を。


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