最期に会いに来た騎士たちへ
深夜。
王城の地下へと続く石段は、死んだように静まり返っていた。
ぽたり……ぽたり……
天井から落ちる水滴の音が、永遠の時を刻むように響く。
イリスが目を閉じて呼吸を整えていると――
ふいに、牢の前の闇が揺れた。
二つの影が、ゆっくり……そして確かな意志を持って歩み寄ってくる。
「……イリス」
その声に、イリスはそっと顔を上げた。
鉄格子の向こう――
ガレスとリオンが立っていた。
灯りを手にし、息を潜めながら。
かつて王城を守る誇り高き騎士たちが、いまは追われる身のような緊張をまとっている。
「どうして……二人がここに?」
イリスが問いかけると、リオンが肩を竦めて言った。
「どうしてって……一応俺ら、騎士団で一番と二番に偉いやつだぞ?」
軽口はいつもと同じなのに、声の震えだけは隠しきれていなかった。
ガレスは低く、苦い声で囁いた。
「……ここまで来るのに苦労した。
今の王城は、元老院と国王の息のかかった兵ばかりだ。
我々の立場も……もう危うい」
その言葉に、牢の空気がさらに冷えた。
イリスは微笑み、しかし凛とした声で言う。
「どうされました?
ここに居たら、貴方たちの身のほうが危険ですよ」
その優雅な口調に、ガレスとリオンは思わずしゃがみこんだ。
リオンが鉄格子越しに手を伸ばす。
「手を取れ。
一緒に逃げよう、イリス!」
ガレスも短く言う。
「……連れ出す」
イリスは、大きく目を見開いた。
しかしすぐに、静かに目を伏せる。
そして――しばらく沈黙したあと、
ゆっくりと顔を上げた。
「何を言っているのですか……?」
声は震えていたが、言葉は揺るがなかった。
「大罪人を逃がしたら、貴方たちまで処刑される。
せっかく努力して手に入れた地位を……棒に振るつもりですの?」
リオンがわざとらしく息を荒げた。
「お前なぁ……そんな変な敬語使いやがって……!」
ガレスも眉間に皺を寄せて言う。
「似合わないからやめろ」
イリスは堪えきれず、泣き出しそうな顔で笑った。
「……明日処刑される身の私に、
“変”とか“似合わない”とか……酷い言い方ですわね」
声は笑っているのに、瞳は今にも零れそうだった。
⸻
そしてイリスは――
鉄枷に繋がれた手をそっと胸元へ寄せ、姿勢を正した。
「……公爵令嬢として、申し上げます」
ガレスもリオンも息を呑んだ。
牢の中にいるというのに、
その姿は、どの貴族よりも気高く、美しかった。
「貴族一人の命より、
民の命を守りなさい。
芽吹く命を守り育てなさい。
上が腐っていても……
貴方たちが腐らなければ、このオルディアはきっと大丈夫です」
言葉を紡ぐたびに、イリスの肩が震える。
その震えは恐怖ではなく、
“託したい未来”への祈りだった。
「そして……」
イリスは、深々と――深々と頭を下げた。
「最後に会いに来てくださったこと……
その勇気と優しさに、心より感謝いたします」
鉄枷が揺れる音だけが、
静まり返った牢獄に落ちた。
しばらく、誰も言葉を発せなかった。
ガレスもリオンも、拳を固く握りしめ、
視界をにじませながらただ立ち尽くす。
イリスは顔を上げなかった。
泣かせてしまうから。
二人の誇りを守るために。
自分の覚悟を崩さないために。
⸻
やがてガレスが、震える声で呟いた。
「……イリス。
必ず……必ず助ける」
リオンも、喉を震わせて言った。
「勝手に死ぬなよ……バカ……!」
二人はそれだけ言い残し、
暗闇へ消えるように去っていった。
イリスは閉じられた鉄格子を見つめ、
そっと微笑んだ。
涙の跡を隠すように。
「……ありがとう。
でも、来ちゃダメですよ……」
牢獄の冷たい空気の中で、
小さな笑い声だけが静かに響いた。
それはまるで、
処刑される少女の最後の強さを美しく照らす――
儚い灯火のようだった。




