0006 エルフの街
「それで……どうなんだ?」
「間違いなく魔術の類だ。それもたちが悪い」
レジェンド・オブ・イレギュラーズ本部に戻ったオレたち。
今回はオークキングも関係者ということで、客人として招いている。
帰ってきた時、ジャックは夜の読書中だったようで、中断されたことに苛立っているようだった。
でもこれは緊急事態だ。
クリスとイレギュラーズの今後に関わる。
ローレライのことを伝えると、ジャックはすぐに周囲に漂う魔力の余波を確認し、深刻な表情で拳を握り締めた。相当ヤバい状況らしい。
「たちが悪いって、どれくらいだ? あのクソエルフはクリスに何をした?」
「禁忌の魔術だ。キスした対象を自分の奴隷にする。どこでその魔術を習得したのかは謎だが、クソッ、エルフは魔術への適正が高い。面倒なことしやがって」
あのジャックが悪態を吐くなんて。
その矛先はローレライなので、もう最高だな。もっと言ってやれ!
「あのー……クリスさん、パーティ辞めちゃうんですか?」
ランランが聞く。
そんなにショックでもないらしい。
「辞めさせるつもりはない」
ここでジャックが一言。
ズバリと言い放ったその一言に、オレは感動した。
内心は不安だったんだ。
クリスにとっては、あのエルフの恋人と共に、エルフの社会で生きていくことが幸せなんじゃないかって。
でも、それは違う気がする。
クリスはエルフの慣習やしきたりを軽蔑していた。他の種族を見下すところや、自分たちを神格化しているところ……クリスはそれが嫌で、王都に出てきたんだ。
「よし、やってやるぞ。今からクリスのところへ――」
「それはやめておいた方がいい。魔力をたどった結果、ローレライはエルフの街までクリスを連れ帰った可能性が高い」
「エルフの街だと!?」
エルフの街に過剰反応するオークキング。
何か嫌な思い出でもあるんだろうか。
「悪い、続けてくれ。ただ会話に入りたいと思って」
ただの構ってちゃんか。
ジャックはジト目でオークキングを見つめつつも、何事もなかったかのように話を続ける。
「エルフの街エルファリアは異種族の侵入を許さない。エルファリアに入ってゆっくりクリスを探す時間もなければ、観光する時間もない」
「あたし、観光したいです! エルファリアって、何が有名なんですか?」
「各自準備をして、明日の朝に出発するのがいいだろう。王国としても、イレギュラーズがエルファリアに喧嘩を売るのは避けたいはずだ。夜中に行けば夜襲だと勘違いされる可能性がある」
ジャックはランランなんて完全に無視だ。
「昼に行っても、結局街を爆破するんだろ? なら別にどっちでも――」
「爆破はしない。イレギュラーズとして正式に門を開けてもらい、誰かがこっそりクリスを救い出し、連れて帰る。以上だ」
「上手くいく気がしないな。門前払いを食らって、ムカついたジャックが街を爆破し、エルフを滅ぼす。この方がいい」
「それはエルフが可哀想だよ」
「確かに。オレたちが殴りたいのはローレライだけだしな」
シエナのセリフは正直だ。
関係のないエルフの諸君、すまない。
「作戦Bは俺が考えておく。明日の準備をしておけ」
ジャックは淡々と話し合いをまとめると、オークキングに向き直った。
「お前も来るか?」
「クリス氏には恩がある。無論、ワシも行く」
「気に入った。客人用の部屋を使え」
***
「愛しのクリス、あなたの故郷に戻ったわよ」
「ローレライ……僕は……」
「今夜は一緒に寝ましょう。体がすっかり火照ってるの」
エルフの街エルファリアに馬車で戻ってきたローレライ。
クリスはボーっとした状態で、まともに会話ができなかった。
それを確認して、悪女のような不敵な笑みを浮かべるエルフの麗人。
「クリス、あなたはわたくしの旦那になるの。あなたは一族で最強の存在。そして、アトラス王の息子でもある」
「……」
「あなたの妻になれば、わたくしにも地位と権力が――」
「ローレライ……やめてくれ……」
またローレライがクリスにキスをする。
一度のキスで完全に言いなりになる奴隷化魔術だが、やはりクリスは規格外だ。
彼女の家には、何人もの奴隷エルフが監禁されていた。
全員男で、全員ローレライの虜になっている。しかし、彼女の本命はクリスだった。
彼のルックスも当然好みではあったが、彼が王の息子であるということが大きい。
エルフの中でも優れた美貌を持つローレライだが、家系はさほど力のない、弱小貴族。ずっと憧れていた、高貴な生活――それがもう少しで実現するのだ。
彼女がキスをするだけで、王国は思い通りになる。
ローレライが本性を露にしたちょうどその頃、エルファリアの王アトラスは殺伐とした雰囲気の中、自らの剣を研いでいた。
「アーク・トロールの軍勢が攻めてきました。騎士団で対応しておりますが、今回は一筋縄ではいかないようです」
「そうか」
家臣であるシェリスの言葉を受け、静かに口を開くアトラス。
そこにはエルフの王としての威厳があった。
「アトラス様ご自身が戦場に出向かれるおつもりですか?」
「そのつもりだが」
「しかし……御身に万が一のことがあれば――」
「私の実力を疑っているのか?」
王国騎士団に囲まれた王の間が水を打ったように静まり返る。
「いえ、アトラス様がお強いことは――」
「私が出なければ街が滅びる。エルファリアを守れぬ王になるつもりなどない」
エルファリアもまた、危機に直面していた。
***
ジャックの魔術によって高速で走る馬車で、だいたい3時間。
主導者不在のイレギュラーズ&オークキングは、エルフの街エルファリアに到着した。
ローレライをぶっ飛ばすイメトレをしていて、なかなか眠れなかった。
今日のオレはやる気がみなぎっている。本調子が出せる夜じゃないけど、なんとか頑張れそうだ。
「エルファリアってこんなところだったんですね。なんかこう、もっと発展したところだと思ってました」
「歴史と伝統を守ってきた古代都市だ。言ったはずだが、観光はできない」
「でも、面白いお土産とかは買えるかもしれないですね」
ランランは完全に観光の気分。
彼女が1番のアホだから許されていることだな。
「ジャック、とりあえず作戦Aってことでいいんだよな?」
「……」
急に無視された。
オレはランランと違って真剣なんですけど!
「ジャック? おーい」
「……おかしい」
「え?」
「普通なら街の周囲には警備隊がいてもいいはずだ。何かが……街の中で起こっている」
その言葉を証明するかのように、街中の方で大きな爆発音がした。
黒い煙が立ち昇っている。
エルフの悲鳴。
混乱の気配を感じる。
「ジャック氏、作戦Cで行こう!」
オークキングが得物の大剣を構える。
ジャックは軽く頷くと、めったに見せない笑みを作った。
「イレギュラーズ、突撃だ」
エルフの宿敵、アーク・トロール。
オークよりも巨大な体を持つ種族による軍は、エルファリアのあらゆる建造物を壊し、火を放ち、もう好き放題していた。
オレたちイレギュラーズは、エルフの軍に加勢する。
「貴様らは……イレギュラーズか?」
よかった。
エルフの街にまでイレギュラーズの名は轟いていたらしい。まあ、ハイエルフのクリスが所属するパーティだもんな。
「加勢しにきた! こいつはオークキング! 仲間だから安心してくれ!」
「下等種族の手を借りるのは癪だが……背に腹は代えられない」
「てことは、オレたちも正式に暴れていいってことだな!」
待ちに待った戦闘シーンの始まりだ。
イレギュラーズの参戦により、エルフ軍の勝利が確実になったと言っていい。
ランランは盗賊特有の気配を完全に消す走りで、トロールたちを背後から着々と潰している。
自然な動きでナイフを取り出し、確実に狩る。それが彼女の戦い方だ。
シエナはトロールの腹をシエナガンで撃ちまくっていた。
紫のストレートヘアをなびかせながら、淡々と敵を排除していく。
体を動かすたびに、いい香りが漂う。
頼もしい強さを見せてくれたのはオークキング。
オレたちと戦う時は強い風格なんてなかったのに、こんなに強かったんだってくらいの威力でトロールたちを斬り倒していく。
そしてオレは。
とりあえず手裏剣を投げまくっていた。もちろん、ちゃんと狙いは定めているので、間違って仲間に当てちゃった、とかいう失態はない。
この調子で戦えばすぐに勝ちそうだが、問題はアーク・トロールの数が多いことだ。
余裕で1000体くらいはいる。
ジャックはクリス救出に向かったし、広範囲攻撃が得意なあの2人がいればなぁ……。
***
ローレライとクリスは熱いキスを交わしていた。
外でアーク・トロールの侵攻が起きていることには薄々気づいていたローレライだったが、彼女には関係のないこと。
戦争はエルフの優秀な兵士たちに任せていればいい。
「ローレライ、愛してるよ」
「あら、嬉しい。もうあなたは完全にわたくしのものね」
エルフの魔女が勝利を確信した瞬間、全ては終わった。
「爆ぜろ」
大爆炎。
家を構成している石も木材も、金属も、全てが砕け散り、粉々になる。
その中の石の破片が、魔術に支配されているクリスの頭に命中した。通常であれば頭に穴があいていてもおかしくはない。
だが、さすがはエルフの超人。
体は頑丈だ。
「――ッ。ここは……」
「起きろ」
ジャックの声は何重にも重なっていた。
複雑に絡み合った奴隷化の呪文を、強い衝撃とその一言で解除したのだ。
クリスの意識がはっきりし、視線がジャックを捉える。
「ジャック!」
ローレライの奴隷となっていた時の記憶はしっかりと残っている。
ジャックの起こした爆発により、ローレライの奴隷となっていた他の男エルフたちも次々と解放された。
彼らは地面に倒れているローレライに悪態を吐くと、自分を待っている家族のところへと去っていった。
「すまない、僕のせいでみんなに迷惑を――」
「まったくだ。責めてやりたいところだが、今はエルフ軍の加勢に行け。俺がこのクソ女を拘束しておく。好きに暴れてくるといい」
「恩に着るよ」
クリスはジャックの肩を軽く叩くと、その後すぐに戦場に飛んだ。
ローレライの家の跡地には、ジャックと気絶したローレライだけが残された。
「お前は魔術を冒涜した。魔術師ギルドはお前を許さない」
意識を失ったローレライに対し、ジャックが淡々と告げる。
口調はクールだったが、そこには確かな怒りが込められていた。
「俺の仲間を侮辱したそうだな……それでこの有様だ。ざまぁみやがれ、このクソビッチが」
この光景をアキラが見ていれば、大喜びしていたことだろう。
***
「アキラ! すまない、また遅れた!」
戦ってもなかなか減らないトロールのせいで、疲れていたちょうどその時。
お騒がせエルフがカムバックした。
低空飛行で剣を振り回し、破竹の勢いで敵を斬っていくクリス。
エルフの軍勢から大歓声が上がった。
オレたちの時は不服そうだったのに……。
「遅れすぎだ! あとでいっぱい文句を言わせてもらうぞ!」
「ああ、しっかり受け止めるよ」
クリスが笑う。
まったく嫌味のない、オールバック・エルフの笑みだ。
「オールバックが乱れてるけど、直さなくてもいいのか?」
「自分の髪型より大事なものがある。やっと気づいたよ」
「気づくのが遅すぎだ」
激しい戦闘の最中であるのにも関わらず、オレたちは笑い合った。
これでクリスの髪のセット時間が短くなればいいんだけど。
「クリス氏! よくぞ戻ってきた!」
「オークキング! ありがとう! 借りができたね」
「いいや、ローレライとかいうエルフがワシを侮辱した時、クリス氏がワシを友達だと庇い、謝罪を要求してくれた。実は結構感動しておったわ」
確かに、泣きそうになってたな。
オークキングは意外と情に厚い性格なのかもしれない。また好感度上昇だ。
クリスの加勢により、さらに勢いを増したエルフ軍。
さすがにこれ以上はヤバいと察したのか、アーク・トロールの軍も撤退していった。
「いやー、最初はどうなるかと思いましたよ。でも一件落着ですね。これでお土産を持って帰れます~」
「もう好きにしてくれ」
ランランに呆れるのはいつものことだ。
「久しぶりだ、クリス。戻ったか」
一件落着ムードを壊したのは、馬に乗ってパカパカやってきたエルフだった。
彼がやってくると、周囲のエルフ軍が一気に跪く。
わかったぞ。あのエルフはお偉いさんだ。
背中にかかるほどの長い金髪に、碧眼。凛々しくも、端正な顔立ち。よーく見てみると、クリスに似ている。
「クリスのお父さん?」
「誰だ貴様は? 私はクリスに話しかけているのだ。それに、どうして醜いオークキングがここにいる?」
やっぱりエルフってムカつくな。
滅ぼしてやろうか。
「僕の友達です。好きでここに戻ってきたわけではないので、失礼します」
「待て。まだ話は終わっていない」
「みんな、家に帰ろうか。ジャックも合流して――」
「話を聞け」
「――ジャックはローレライの後始末をしてくれているから、そのうち合流できる。オークキング、君の婚活については――」
「無視をするな」
「――今度また合コンの機会を用意してみるから、少し待っていてほしい」
あーあ、とことん無視されてるじゃん、クリスパパ。
絶対に父親とは話したくなかったようで、クリスは飛び上がってどこかに行ってしまった。多分ジャックのところだろう。
「それじゃあ、オレたちはエルファリアの危機を救った英雄ってことで、よろしくな!」
唖然とするクリスパパを放置して、オレたちもエルファリアを後にする。
こんな街、二度と来ないけどな。
「お土産は買わないんですか?」
「ランランちゃん、また今度にしよっか」
シエナが余計なことを言ったけど、絶対に来ないからな!




