0005 クリスの元カノ
オレは今、合コン会場にいる。
レジェンド・オブ・イレギュラーズ本部から徒歩5分。
灰の灯亭という歴史ある酒場だ。
石造りで、まさに中世ヨーロッパという雰囲気。
こじんまりとしたところで、冒険者や仕事終わりの勇者が訪れるような、ほんの少し高級感のあるところだ。
価格帯もそれなりに高いので、一般市民には入りづらい。
今夜は人数制限6人の合コンということで、個室を完全に貸し切った。
男側がオレとクリス、主役であるオークキングの3人。女性側もそれに合わせて3人。
イレギュラーズのイケメンエルフが募集をかけたと知り、王都中の女性が応募してきたが……先着3名という狭き門だ。
今はその3名を待っているところだが、女性側の参加者が誰なのかはクリスですら知らない。
王国政府がいろいろと手配してくれたので、オレたちはここで待つだけだ。
「いい酒場だ。オーク・オペラ座の近くにこんな雰囲気の酒場を作ってもいいかもしれん」
「名案だ。オーク以外の種族との交流の場にもなって、より馴染みやすくなると思うよ」
オークキングは酒場の雰囲気が気に入ったらしい。
初めての経験で、実は緊張しているんだとか。
クリスはそんなキングオークの左隣に座り、いろいろサポートしている。オレはそのクリスの左隣だ。
「女性陣が来たぞー」
ちらっと見えたのでそうアナウンスしておく。
クリスはオールバックを再確認し始めたし、オークキングは手首を動かしてストレッチを始めた。
というか、オレは別に合コンとか興味ない。ただ付き合わされてるだけだ。
個人的には美味しい酒が飲めればいいかなーっていう感じ。
ボケリア王国では18歳から酒が飲める。
お気に入りはここの店主が作る上品なカクテルだ。オレ、大人なんです。
「――って、知り合いかよ」
「アキラさんとクリスさん、なんか面白そうなことやってるみたいなので来ちゃいました!」
元気よく個室に入ってきたのは猫耳のランラン。
いつも通り、アホ丸出しだ。ノリで来たのは間違いない。
そして、知り合いがもう1人。
「わたしはただ、ランランちゃんが心配で来ただけだから」
絶世の美女、シエナだ。
オークキングに紹介するとか言っていたし、クリス&オークキング的には大歓迎ってところか。
シエナは入ってきてからずっとオレを見ている。
1番奥に座っているのがオレなので、来た順でランランがオレの正面、シエナがクリスの正面になった。
「身内とする合コンって盛り上がるのか?」
「まあまあ、いいじゃないですか~。猫じゃらし持ってきたので、あたしと遊んでくださいよ」
ちょろちょろと猫じゃらしを操作し、ランランを転がす。
このまま続けていればオレもアホ認定されるな。まあいいけど。
「最後の1人が来てないようだけど……」
「ごめんなさいね、少し遅れたわ」
「君は――ッ」
最後の1人は、さすがにオレの知り合いじゃなかった。
だが、なんとクリスの知り合いっぽい流れだ!
その人物を見た途端、クリスがあり得ないくらいに動揺した。自分のグラスを倒し、酒をこぼしてしまうくらいに。
こんなに動揺するクリスを見ることはないので、目に焼きつけておこう。
貴重な瞬間だ。
「えーっと、知り合い?」
「……」
動揺しすぎて言葉も出ないとは。
最後に現れた女性は、シエナと並んでも見劣りしないほどの、というかシエナに匹敵するくらい綺麗なエルフだった。
半月型の魅力的な瞳。
後ろでポニーテールにした金色の長髪。
ツンと尖がった耳は彼女がエルフである証拠だ。エルフっていうのは基本的にみんな美形らしいし、この美貌にも納得だよな。
「あ、わかった! 同郷の知り合いってとこだな! もしかして元カノ?」
「あら、クリスのお友達? わたくしのこと、クリスから聞いているのかしら?」
「ローレライって名前は知ってるけど」
「嬉しいわ。名乗る必要はなかったみたいね」
どこかエロティックに微笑むローレライ。
声とかしゃべり方とか、めっちゃ色っぽい。
クリスの元カノ、なかなかにえっちだな。惹かれるのもわからなくはないが、クリスの好みがこんな色気ムンムン美女だとは思わなかった。
「どうもよろしく」
クリスの代わりにこの場を盛り上げなくてはいけなくなったので、とりあえず握手を要求する。
「ごめんなさいね、ヒューマンとは握手しないことにしてるの」
「え、なんで?」
「エルフの常識なのよ。わたくしたちは高潔なの」
オレの握手を拒否するローレライ。
なんかムカついてきた。
そんなこと言ったら、この合コンの雰囲気が悪くなるだろ。オレだってこう見えても雰囲気を盛り上げようと頑張ってるんですけど。
ランランは口をぽかんと開けて脳を空っぽにしている。
何も考えないモードに入ったな。
対してシエナは、明らかにローレライに嫌悪感を抱いたような表情をしていた。
自分の席に座ろうとしたローレライが、正面にいるオークキングにやっと気づく。募集内容の概要欄に『オークキングもいます(笑)』とあったはずだけど。
「ねえ、クリス? 本当にこの下等な生き物と友達なの?」
「……」
クリスはまだ動揺で何も言わない。
オークキングは何か言い返してくれると思ったのに、女性がいると緊張するのかガクガク震えている。可愛い奴だなおい。
「まあまあ、落ち着いていこう。今日は楽しく酒を楽しんで、仲よくなっていこうってことで、早速乾杯を――」
「わたくしはクリスに会いにきたの。ヒューマンとオークには興味ないわ」
「そうかそうか、ヒューマンで悪かったな」
結構温厚にやってるつもりだけど、限界が来るぞ、そろそろ。
クリス、なんとか言ってくれ……。
祈りが通じたのか、やっとクリスが口を開いた。
「……ローレライ、久しぶりだね」
「クリス、やっぱり素敵な声ね」
「まず、この2人は僕の大切な友人なんだ。アキラとオークキングだよ。最初にこの2人を侮辱してしまったことを謝ってほしい」
タイミングは遅いが、よく言ったぞ、クリス!
オークキングなんか泣きそうになってるし。
「クリス……あなた、変わったわね。エルフとしての誇りはどうしたの?」
「その風習はよくない、ローレライ。僕たちは同じ世界に生きる民として、尊重し合いながら――」
「こっちを見なさい、クリス。あなたの綺麗な目を見せて」
「僕は君に謝罪を求めて――」
ローレライとかいうクソエルフに対抗していたクリス。
頑張っていたところで、なんとローレライがクリスの唇にキスをした。
目の前でそんなことしないでほしい。頼むから。
本気でこの女が嫌いになってきた。
そしてクリスは――。
「……ローレライ……ローレライ……ローレライ……」
完全に頭がおかしくなっていた。
アホとかいうレベルじゃない。キスされて、意識が朦朧としてるんだ。
「クリス、しっかりするんだ」
「やあアキラ」
「起きたか?」
「すまない、僕はローレライと一緒に故郷に帰るよ」
「は?」
会話できたと思ったのに……何が起こってるんだ?
あのキスで昔の熱い恋を思い出したとか、そういう感じの展開? だとしたら最悪の脚本だ。脚本家を降板させろ!
「え、クリスさん、故郷に帰っちゃうんですか?」
「ランラン、イレギュラーズは任せたよ」
これは正気じゃない。
ランランにパーティを任せるとか破滅エンドしか思い浮かばないぞ。
「アキラ君、どうなってるの……?」
「オレにもよくわからない」
シエナが困惑した様子で聞いてくるが、クリスがキスで狂い始めたってことしかはっきりしない。まだそんなに酒を飲んだわけでもないし……クソ元カノのキスのせいだよな?
ジャックがここにいれば、迷わずぶっ飛ばしていた気がする。
ちなみに、ジャックも合コンに誘ったわけだけど、当然ながら断られた。
オークキングがクリスを挟んでオレに何か伝えようとしている。
口パクだし、ジェスチャーも下手なのでよくわからない。ごめんな。
「クリスはわたくしと一緒にいることを選ぶみたいね」
勝ち誇った笑みを向けてくるローレライ。
確かに綺麗だ。
でも全然惹かれない。だってとんでもなくウザいからな!
「あんた、クリスになんかしたんじゃないのか? それこそ、魔術をかけたとか」
「アキラといったかしら。あなた、愛を知らないのね。クリスは思い出したの、わたくしと愛し合った日々を」
「オレは信じないぞ」
「重傷ね。あなたには恋人が必要よ。そこの獣少女なんかお似合いじゃないかしら」
「おい、ランランを獣っていうなこのクソビッ――」
「クリス、行くわよ」
悪態を吐いてやろうと思っていたのに、このクソ女、クリスを盾にしやがった。
クリスが立ち上がり、ローレライに続いて店を出ようとする。
ちなみに勘定の心配はない。今回の活躍の報酬として、王国が払ってくれるらしいから。
クリスをここで止めようとしても無駄だ。
力では敵わない。
今夜は月が雲で隠れているのも大きい。
「あの女、相当ヤバいぞ」
エルフの2人が去ると、オークキングが我慢していた言葉を一気に放出した。
「あの女がクリス氏にキスした瞬間、かなり強力な魔力を感じた。魔術を学んでいた時期があるからわかる。嫌な予感がするわい」
「なるほど。情報提供に感謝するよ、オークキング」
「友達のためだ。どうってことないわ!」
めっちゃいいキャラになってるじゃん。
オレからの好感度も爆上げのオークキング。
「クリスを追いかけないの?」
「このまま追いかけても、クリスが魔術にかかったままだと何も変わらない」
シエナの問いかけに対し、真剣に答える。
ランランは呑気にオレンジジュースを飲んでいた。未成年だからまだ酒は飲めないが、18歳になったとしても絶対に酒を飲ませたくないランキング1位に君臨している。
「魔術のことは魔術のプロに聞く。一旦本拠地に戻って、ジャックに頼ろう」




