0029 超常領域対策本部
この世界に存在するはずのない、ミノタウロスによる横浜襲撃。
その原因を作ったのはオレたちだ。
それは疑いようのない事実。どうしてオレがこの世界に戻されたのかもわからないし、他の4人がこの世界にポータルを開くことに成功したのかもわからないが、自分たちが少しでも関係しているのであれば、これはイレギュラーズの責任だ。
もしそうでなかったとしても、オレたちは勇者。
困っている人や苦しんでいる人がいるのなら、すぐに駆けつける。
「私もついていく」
今にもクリスが窓から飛び出そうというところで、姉さんが大きな声で叫んだ。
握り締めた拳は震えている。
それに気づかないほどアホな弟じゃない。
「無理しなくていい。ミノタウロスはオレたちが確実に倒すから、姉さんは家で――」
「もう秋羅と離れたくない。死ぬなら一緒に死ぬ」
「姉さん……」
決意に満ちた姉さんを止める者は誰もいなかった。怖くても向き合おうとするその姿が、イレギュラーズ全員の心を打った。
そう言いたいけど――。
「アホか。俺たちがこの程度の相手に負けるわけがない。お前はここで静かに待ってろ」
ジャックは空気を読むような男じゃなかった。
これは彼なりの優しさなんだろうけど、言い方っていうものがある。
「そんな強いオレたちなら、姉さんを守りながらでも戦える。だからいいだろ?」
「勝手についてきたアホを守るほど俺は優しくない。その女はお前が責任を持って守り抜け」
「素直じゃないな、ジャックは」
こうして、イレギュラーズ&姉さんは出動した。
***
ミノタウロスの出現したエリアは、警察と政府が派遣した特殊部隊によって封鎖され、拳銃による攻撃が仕掛けられていた。
しかし、その弾丸がミノタウロスに傷をつけることもなければ、苦しめることもない。
人間のちっぽけな武器など、異世界からのモンスターには通用しないのだ。
ミノタウロスの討伐のために、政府から出動要請が出たのは、まさにこういう異常現象のために作られた特殊部隊、超常領域対策本部だった。
別名、J-SAT(Japan Supernatural Area Taskforce)。
名称だけはやたらとかっこいい特殊部隊だが、ミノタウロスを殺せるような強力な武器は所有していない。
そもそも出動要請が本格的に出たのはこれが初めてだし、まさか本当にこんな事態になるなんて誰も予想していなかったからだ。
しかし、ここで食い止めなければ、横浜どころか日本全国に被害が拡大してしまう恐れがある。
でたらめな怪力を持つミノタウロスは、道路を走っていた車を持ち上げてぶん投げ、ビルに甚大な被害を与えた他、通行人や警察をラリアットし、遠くの彼方へと吹っ飛ばしてしまった。
「日本は終わりだ」
超常領域対策本部の責任者である那須が呟く。
その絶望を悟った表情が、周囲の警察や政府関係者を恐怖に陥れていた。
日本人は滅びてしまう。
全員が諦めようとしていた、その時だった。
「あれはなんだ!? 鳥か! 飛行機か!」
「いや、あれは……空飛ぶオールバックのエルフだ!」
ビルの5階ほどの高さから、ゆっくりと降り立つその姿は、スーパーヒーローを彷彿とさせた。
尖がった耳を持つ存在。
おそらくエルフ。ミノタウロスが目の前で暴れている状況だったので、全員がエルフに違和感を抱かなかったのは皮肉な話だ。
「まだ来るぞ! 今度は空飛ぶローブのサイボーグだ!」
「猫耳の可愛い女の子まで来た!」
「あの美人は誰だ!? 最近注目の若手女優か!?」
「忍者の格好をした頭のおかしな奴もいるぞ!」
ミノタウロスの前に、5人の超人たちが集まっていた。
圧倒的なオーラと、謎の安心感。
彼らはその実力も正体も知らない警察や政府の人間に、明るい希望をもたらした。
5人の後ろから、1人の女性が走ってくる。
大学生くらいの若い女性は、すぐに那須がこの場のリーダーであることを見抜き、近づいてきた。
「あの5人は一体何者なんだ?」
気づけば彼らの正体について尋ねていた。
女子大生は信頼に満ちた表情で、彼らについてこう説明した。
「日本を守るヒーローチーム、イレギュラーズです」
***
今回ミノタウロスが敵であることは、さほど大きな問題じゃない。
オレの勇者パーティは強すぎる。
ミノタウロスなんて、そこらへんの雑魚モンスターと何ら変わらない、低レベルな相手だ。
でもこれは、壮大な伝説の始まりだった。
モンスターなんて存在しない現代日本。
そこに突如として出現した凶暴なミノタウロスに立ち向かう、5人の超人たち。
「全員、それぞれ総攻撃だ。相手がミノタウロスであったとしても、油断はしないように!」
主導者のクリスの指示により、イレギュラーズによる一方的な蹂躙が始まる。
空中を自在に動き回りながら剣技を繰り出すクリス、後ろから遠距離攻撃でバックアップするシエナ(シエナガンは常に携行している)。
残像を作るような動きでネコパンチするランランに、影分身はしないものの手裏剣を正確に投げるオレ。そして最後にジャックが爆破。
サイクロプスとの戦いの再放送のような形で、ミノタウロス戦は幕を閉じた。
あっという間だった。
時間で表すなら、5秒といったところ。
「みんなよくやった! アキラ、このまま街を歩いてみてもいいかい?」
「それとこれとは話が違うだろ」
「この世界の技術に興味があってね」
とりあえず、イレギュラーズは撤収だな。
仕事を一瞬で片づけ、一瞬で去っていく。いかにもヒーローっぽくてかっこいい。
シエナと帰りにマックのハンバーガーでも食べようかと思っていたところで、見慣れない制服を着た中年の男に声をかけられた。
ちょうど姉さんの隣にいる。おしゃべりでもしてたのかな。
「イレギュラーズの皆さん、少しお話をうかがってもよろしいでしょうか?」
やけに丁寧なこと。
自分たちが手も足も出なかったミノタウロスを瞬殺した集団に対して、横暴な態度は取れないか。
「なんだ? もし話が長引けば爆破する」
ジャックが物騒なことを言う。
誤解を招くような発言はやめてほしい。
危険な暴力集団だと認定されて、指名手配されるかもしれない。そうなれば、イレギュラーズに未来はない。
「私は超常領域対策本部、通称J-SATの本部長を務める那須といいます」
那須と名乗った男は、超常現象の対応をする特殊部隊のトップだったようで、オレたちにある提案をしてきた。
のちに政府にも話を通すと約束してくれたその内容は、異世界人であるクリスたちに政府が仮の戸籍なマイナンバーなどを発行し、この世界でも生きられるような仕組みを作る、とのことだった。
クリスらのこの世界での暮らしについて頭を悩ませていたオレの問題は、この提案によってほぼ解決することになる。
「――ただし、政府から完全な援助を受けられる代わりに、あなた方イレギュラーズには、また同じようなことが起こった時にすぐさま対応していただきたいと思っております」
願ってもない提案だった。
これからイレギュラーズは正式に日本政府の管理下に置かれ、非常事態への対処を任されるというわけだ。
これはボケリア王国王都でオレたちがしていたこととほぼ変わらない。
活動の舞台が現代日本になっただけ。
「今回の事態が偶然だったとは思えない。また同じようなことが起こる可能性は高いだろう」
ジャックも政府からの提案に納得し、珍しく文句を言わなかった。




