0026 それぞれの3年
3年ぶりに自宅のリビングに足を踏み入れる。
そこまで広くはないけど、3人暮らしにしては十分といった感じだ。
テレビとか冷蔵庫とかいう現代のテクノロジーを見ると、本当に戻ってきたんだなという実感が湧いた。
「それで……どうして生きてるの?」
不思議な質問だ。
文字列だけ見れば、酷い悪口のようにも思える。
とはいえ、この状況においては最適な質問だ。どうしてオレがこの世界に戻ってきたのかはわからない。それでも、自分の身に起こった異世界での3年間は説明できる。
本当のことを真剣に説明したとしても、2人は信じてくれるだろうか。
家族を疑うなんて、馬鹿げたことだ。
姉さんも母さんも、オレが言うことなら絶対に信じてくれると思う。
だとしても……アホなオレにはできなかった。
もしあの3年が、ただの妄想に過ぎなかったら? どこかで長い眠りについていて、今回たまたま、目が覚めただけだとしたら?
これも現実じゃないとしたら?
どれも可能性はゼロじゃない。
自分らしくないネガティブな不安が頭の中を渦巻き、少しずつ自信を失わせていく。
そんなオレの様子を見ていた優しい2人は、詳しいことは聞かないから、今日はゆっくり休んでほしいと、ここにいてくれるだけで嬉しいと、そう伝えてくれた。
今日はその言葉に甘えることにしよう。
風呂に入り、3年ぶりに寝る時のジャージに着替え、自分の部屋のベッドに入る。オレの部屋は3年前のままだった。オレが生きた痕跡をこの世から消してしまいたくなかったらしい。
掃除は隅々までされていた。でも、家具の配置や本の並びまで、16歳の時のまま、維持されていた。
「こんなあり得ないことが、現実に起こるなんてね」
10時になると、姉さんが部屋に入ってきた。
相変わらず冷静な口調だったけど、いろんな感情がこみ上げていることがわかるほど、表情はぎこちない。
これでいい。
オレは今日から、この世界で、普通の人間として暮らしていく。母さんと、姉さんと一緒に。
イレギュラーズの仲間たちとはもう二度と会えないかもしれない。
でも、オレにはどうすることもできない。だから受け入れるしかないんだ。
「お願いだから、どこにも行かないで。私の前から、急にいなくなったりしないで」
「姉さん……」
「だから今日は、私と一緒に寝て。絶対に離さないから」
「……え?」
30分後。
オレは姉さんにきつく抱き締められながらベッドに横になっていた。
このままオレが消えてしまう隙を与えないためだろう。さすがは姉さん。徹底している。
「ごめん姉さん、オレ、少し確認したいことがあるんだ」
すっかり先に眠ってしまった姉さん。
小さな吐息を立てながら、綺麗な顔をオレに向けている。
月の光が窓から差し込んできていた。どうやらまだ力は使えるらしい。だとすれば、あの3年間は現実で、オレの妄想なんかじゃないことがはっきりとする。
影に溶け込み、姉さんの拘束から逃れた。
今夜はこのまま、少し街を走り回って――。
「逃げないでって言ったでしょ」
「姉さん!?」
「最高の抱き枕が急に消えたら、誰でも目を覚ますに決まってる」
「そんなことないと思うけど」
姉さんも超人的だな。
もしかして、この世界でもそういう力が覚醒したりすることが――なんて、都合よく解釈しすぎか。
「我慢してたけど、話してもらうから。3年前に何があって、この3年の間、あんたが何をしていたのか」
「それは……また明日にでも――」
「私がどれだけ苦しかったと思う? あの日、あんたは友達と遊びに行くとか言って、普通に家を出た。そしたら、交通事故で呆気なくいなくなった。もし私が一緒にいれば――」
「姉さんは関係ない。悪いのは全部オレだ」
「でも……私はあの時、あんたにいってらっしゃいの言葉もかけなかった……」
「……」
事故の日のことは詳しく覚えてない。
バイクに飛ばされて即死したので、その近くの記憶が全てなくなっている。
姉さんの独白は止まらなかった。ベッドの前に呆然と立つオレに向かって、空白の3年間を話し始めた。
***
弟が急にこの世を去ってから、私は笑わなくなった。
普段泣かないお母さんが、1本の電話で大量の涙を流しているのを見て、何が起こったのか、すぐに察してしまった。
秋羅の亡骸を見るまで、自分の弟は永遠にいなくなってしまったんだという実感はなく、ただ茫然と、車の助手席で信号が変わるのを待つ自分。
そしてズタズタになった動かない秋羅を見て、張り裂ける全て。
お通夜も葬式も一瞬だった。
夏休みということもあって、10月から大学に通うことはできたけど……友達と楽しく話すことも、勉強に集中することもできないまま、ただ色褪せた毎日だけが過ぎていく。
面白いはずの映画やテレビを観ても、何も感じない。
笑いそうになっても、もしここで笑ってしまえば、弟のいない世界にすっかり慣れてしまったことになるんじゃないか。弟がいたことなんて過去のことだと切り替え、この悲しみを忘れてしまうんじゃないか。
そう思ったら、笑うことなんて、絶対にできなかった。
どんな悲しみも解決してくれるはずの時間だって、私の前では意味を成さない。
お母さんのショックも大きかった。
でも、楽しそうに笑うことはできていた。
それを見るたびに、私の心はチクッと痛む。
――秋羅はもういないのに、どうして、笑うことができるの?
そんなことを聞けば、お母さんは悲しんでしまうだろう。だからその責める気持ちは心の中に抑え込んで、偽りの笑みでお母さんを安心させる。
それから私は、3年の間、時がたてばたつほど増すばかりの悲しみを抱えて生きてきた。
***
無責任だな、オレ。
姉さんの話を聞きながら、自分の異世界での3年間を思い出していた。
失った苦しみにずっと苦しめられていた姉さんに対し、オレは新しい世界で好き放題にやっていた。
残された人の苦しみを考えないまま、異世界転生という夢のような現象に心躍らせていたのだ。
「ごめん、姉さん」
この一言だけで片づくとは思ってない。
無責任を極めた、どうしようもないアホの発言だと自分でもわかっている。たとえそうだとしても、強く抱き寄せて謝ることが、今のオレにできる最大限の謝罪だった。
そしてオレも、苦しみの3年間を打ち明けてくれた姉さんの誠意に応えなければならない。
「オレにもこの3年間のこと、話させてほしい」
「うん」
「死んだはずなのにここにいるんだ。どんなに非現実的な体験でも、信じてほしい」
「弟の言うことを信じないなんて、姉失格だから」
そうして、異世界に転生してからの修業の2年、イレギュラーズを結成してからの1年のことを、たっぷりと時間をかけながら話した。
姉さんはオレの話の腰を折ることは絶対にしなかった。
ただ黙々と、頷きながら話を聞いてくれた。
「――信じてくれるのか?」
「信じる」
「本当に?」
「でも、もし今できるんだったら……非現実的なことが起きてるのを見てみたい」
淡々と当然の要求をする姉さん。
百聞は一見に如かずというし、ここは見せた方が早いだろう。
立ち上がって何の忍術を繰り出そうか考えていると、一瞬で姉さんを納得させてしまうような現象が起きてしまう。
「アキラ!」「アキラ君!」「アキラさーん!」「成功か」
ほんのわずかな別れだった。
クリス、シエナ、ランラン、ジャック。
あっちの世界で家族になった4人が、ポータルから現れた。




