0024 初めての恋人
眩しい日差しが窓から差し込む。
手で防御しながら、目を半開きにしてベッドから起き上がった。
一緒に寝たはずのシエナはいない。
昨夜の出来事が夢だったのかもしれないと思ったけど、この安心感と落ち着きが、シエナとの会話が現実だったことをはっきりと証明していた。
1週間ぶりによく眠れた気がする。
人間は必ず夢を見る。ただ覚えていないだけだ。少なくとも、今のオレはついさっきまで見ていたはずの夢の内容を覚えてなかった。
「これがリア充の効果か」
ここでは恋人がいることをリア充と定義しよう。
そうすると、この安らぎはオレがリア充になったから。この世界で、オレは世界一美しい彼女を手に入れた!
「おめでとう、アキラ」
朝食を取るために1階に下りると、クリスが爽やかな笑顔で祝福してきた。
シエナから関係の発展について聞いたんだろう。
一瞬、夢を覚えてなくておめでとう!っていう意味かと思った。
「パーティ内での恋愛禁止なんて規則はない。ずっと前からお似合いだと思ってたよ」
「こうなるってわかってたのか?」
「少なくとも、シエナがアキラに特別な気持ちを向けていることはわかっていた。バレバレだよ。まさか、気づかなかったのかい?」
「おいおい、オレはどっかの鈍感魔術師とは違うぞ」
正直なところ、全然気づかなかった。
シエナは普段何を考えているのかまったく読めないし、かなり天然なところがある。
彼女はエルフが苦手だ。だからクリスとはさほど関わろうとはしない。
ジャックはそこまで愛想がよくない。
今までは消去法でオレに話しかけてるんだろうなと思ってた。
「付き合って初デートの予定は?」
「まだ決まってない」
「今日の依頼は僕たち3人でこなしておくから、カップルの2人は勇者の仕事なんて気にせずに遊びに行くといい」
「やっぱクリスは最高だな」
「光栄だよ」
もしこのパーティにシエナがいなかったら、クリスと恋愛してたかもしれない(冗談)。
嫌味なジャックと違って、クリスは本当に優しい男だ。
アホ度ランキングではランランに次いで2位だと思うけど。
「アキラ君、おはよ」
「おはよう、シエナ」
カップルの挨拶を交わす。
今日は何もかもが新鮮だ。
テーブルにはスクランブルエッグを幸せそうに頬張るシエナがいた。その隣にはオレンジジュースを飲む猫がいる。
「聞きましたよ~、アキラさん。お付き合いすることになったんですよね。あたし、前から2人のこと応援してたんですよ~」
「なんだランランも知ってたのか」
「いやぁ、ケヴィンさんの劇場に行った時あるじゃないですか~。その時にシエナさんと恋バナしまして、それで初めて知ったんですよ」
ランランがオレの顔とシエナの顔を交互に見ながら、自分が2人をくっつけたとでも言わんばかりのドヤ顔をかましている。
そしてオレたちの新しい関係を祝福した後、目をうるうるさせながらオレに視線を送ってきた。
「アキラさん、恋人ができても、あたしがペットなのには変わりませんよ。これからも散歩に連れていってくださいね」
「ふと思ったんだけど、猫って散歩するものなのか?」
「もー、そこは気にするところじゃありませんよ~。にゃー」
「今度からはちゃんと首輪とリードをつけないとな」
本気で購入を検討しよう。
リードで繋がっていれば、さすがのランランも迷子になることはないはずだ。
その後、ジャックとも顔を合わせたけど、予想通り何も言ってくることはなかった。
そもそも誰かの関係性の変化を祝福するようなタイプじゃないしな。
ジャックに祝われたら何か裏があるのかと不安になると思うので、これでよかったと思う。
もしかしたら、ジャックはまだ何も知らないのかもしれない。
本人は興味を示さないのに、わざわざ伝える必要はないように思える。
恋人繋ぎで王都の街を歩くカップル。
道行く人は、そのあまりの可憐さに振り返り、あの人綺麗だねとつい口に出してしまう。
そう。
その対象はオレじゃなく、絶世の美女シエナだ。
「注目浴びすぎだろ」
「きっとアキラ君が人気なんだよ。カゲブンシンは王都でマジックノイドと同じくらいの知名度があるし」
「その上にクリスとシエナがいるけどな」
「オールバック・エルフはまだしも、わたしを知ってる人は――」
「いないとか言ったら嫌味だと受け取るぞ」
これに関してはシエナが悪い。
現実というのはどんな世界にも存在する。
空飛ぶイケメンとメカメカした魔法使い、絶世の美女。
影でこそこそする忍者は大衆受けしないのだ。ある一定の層には深く響くのかもしれないけど。
ちなみに、ランランはイレギュラーズの一員だと思われていない場合が多い。
迷子になっていて合流できない時もあるし、昼寝をしていて戦闘に参加していない時もあるから。
マスコットキャラとしてグッズ化すれば、王都でバズる可能性を十分に秘めている。
てことは、イレギュラーズでオレが1番人気ない。別に気にしてないけど、クリスみたいなイケメンエルフと比べられるのはこりごりだ。
オレたちが入ったのは闘技場だった。
デートスポットとしては失格かもしれない。血生臭いところだし、1ミリもロマンティックじゃないし。
とはいえ、戦いを本業とするオレたちにとって、闘技場は親しみやすい場所だった。
普段から闘技場観戦に行く剣闘士オタクなオレにとっては尚更だ。
「2人だけで闘技場に来たのは初めてだな」
「楽しみ」
「人が殺されるのを見るのは苦手なのに?」
「それはそれ。これはこれ。それに、もし誰かが殺されそうになったら――」
戦場ではまさに、剣闘士が死にかけている。
勝者が興奮した観客に煽られトドメを刺そうとしていた。
だが次の瞬間、勝者の剣闘士がバタッと倒れた。何者かに狙撃されたかのように。
「――って、めっちゃ介入するじゃん」
「見世物のために死んでほしくはないから」
「勇者っぽい考え方だな」
「わたしたち、勇者だよ」
「忘れるとこだった」
シエナが小さな笑いをこぼす。
それからというもの、死人は絶対に出なかった。
殺されそうになったら、シエナが観客席から助けてしまうから。撃たれた剣闘士は死んだわけじゃない。魔力弾は全て太ももにクリーンヒットしていた。
オレの彼女は狙いを外さない。
鷹の目を持っているみたいに。
そうこうしているうちに、観客は剣闘士たちよりシエナに注目し始めた。完全にシエナの仕業だとバレてしまっているのに、まだ運営側も止めにきてないし、文句を言う観客もいない。
美人はズルいな。
これがオレだったら即追放だろう。これが悲しい現実だ。
「あの人、アキラ君の推しだったよね?」
このイベントもクライマックスに差しかかってきた。
いよいよオレの推し剣闘士、ドラゴンキラーが登場する。凶悪なドラゴンを彷彿とさせるフェイスマスクに、全身を覆う甲冑。
このビジュアルこそ、ドラゴンキラーの証だ。
「ドラゴンキラーは最強の剣闘士なんだ。2年前に流星のごとく現れ、ずっと負けなし。その素顔を知る者は誰もいない」
「アキラ君なら勝てると思うけど」
「彼は剣闘士なんだ。剣闘士の世界はこの闘技場だけ。オレとは違う世界を生きているスーパースターだぞ。戦うなんておこがましい」
まずい。
熱く語ったせいで引かれなかっただろうか。
「でも戦ったら、アキラ君が勝つよね」
あんまり話を聞いてなかったっぽい。
「ん?」
「どうしたの?」
気のせいか、ドラゴンキラーがずっとオレたちの方を見ている気がする。
目はマスクの下なので、よくわからないけど。
自分が戦う時は絶対に邪魔するなよ、っていうメッセージかもしれない。
「見てるね」
「今回は絶対に手を出さないようにしないと」
「そういうことじゃない気がする。近づいてきてるよ」
シエナの言う通り、ドラゴンキラーが観客席の方に歩いてきている。ファンサービスだと思って大歓声を上げている人もいるけど……。
「友好的な感じはしないな」
「わたし、少し目立ちすぎたかも……」
それはそうだ。
とはいえ、ジョークでは済まされないような修羅場の気配を感じる。イレギュラーズとしていろんな事件に巻き込まれてきたオレの直感。シエナも同じような危険な香りを感じ取っているということは――。
「おい嘘だろ……」
ドラゴンキラーがこっちに迫ってきた。それも、かなりの高さがある観客席に飛び乗って。
「アキラ様……」
「……」
「また会いましたね。現実世界で」
フェイスマスクが外される。
そこにあったのは、腐敗した肌と骨の混ざった、アンデッドの顔だった。
「ドラゴンキラーってアンデッドだったのか!?」
「そこじゃないでしょ……」
かなりの大ショック。
ずっとファンだったのに、生きてすらなかったなんて……。
シエナはそんなオレに呆れている。
「まさか、死体に憑依するなんてな」
「生命体に二度と憑依しないという約束は致しました。ですが、死体であれば問題はありません」
「1つ聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「ドラゴンキラーはあんたが憑依する前からアンデッドだったんだな?」
「ええ、アンデッドだからこそ、無類の強さを誇っていたのです。このアンデッドには特別な自我がありました。それに、毎度観客として見にくるアキラ様のことも知っていて、交戦意欲を燃やしていたようです」
「悪いけど、剣闘士とは戦わない主義なんだ」
「あなたを殺そうなどとは思っておりません。アキラ様は大切な存在です。死んでしまっては元も子もありませんからね」
ということは、標的はシエナか。
すぐに狙いを見抜き、シエナを守るようにして立ち塞がる。彼氏は彼女を守る騎士なのだ。
だがなんと、シエナはそんなかっこいい彼氏の手をどかし、1歩前に出た。
「水の女神様、アキラ君のどんなところが好きなんですか?」
「そんな悠長に話してる場合じゃないだろ」
「ううん、女神様はきっと、わかり合える人が欲しいんだよ」
「いや、多分違うと思うな。オレには独占欲の強いヤンデレ女神にしか見えない」
「そんなこと言ったら女神様が可哀想――」
せっかくシエナが慈悲に満ちたフォローをしようとしてくれたのに、それを中断する水の女神つきドラゴンキラー。
シエナは吹っ飛ばされ、壁に激突。
観客から悲鳴が上がる。
ドラゴンキラーの動きがあまりに速すぎて、オレでも反応できなかった。
「わたしは大丈夫……」
この程度でシエナが死ぬとは思ってない。
「そろそろ敵に同情する癖を直した方がいいと思うぞ」
痛い目に遭った時にこそ、こういうアドバイスは身に染みる。
壁に体が埋まっているシエナは、疲れた表情で頷いた。
「あの女は私のアキラ様を奪いました……あの女がいなければ、今頃――」
「約束の件は悪かったと思ってる。ただ、オレたちの人生も考えてくれ。オレはMじゃないからな!」
「こんなに美しい私が、アキラ様を大切に扱っているだけです。大切に想うあまり、つい力が強くなってしまって――」
「美しい? その外見でよく言えるよな」
今の水の女神はアンデッドの容姿だ。
つまり、誰がどう見ても、美しさの欠片もない、ただの死体だということ。
そして――。
次の瞬間、水の女神の醜い顔面が吹き飛ぶ。
シエナガンの最高質力だった。
オレがここまで悠長に会話していたのは、この一撃のための時間稼ぎ。おかげでスカッと爽快な射撃が見れた。
観客からも盛大な拍手が巻き起こっている。
今日くらい、闘技場で戦う剣闘士の気分を味わってもいいよな(ただ口を動かしてただけなんだけど)。




