0023 真夜中の告白とキス
「水の女神が可哀想」
馬車で帰る途中、シエナに今回の事件の大まかな内容を説明した。
すると被害者のシエナは、水の女神に同情し始めた。
今回の馬車は1両しかない。
イレギュラーズ全員が同じ車両に乗っている。
ランランは行きと同じようにオレの膝の上で丸くなっていた。このまま10時間くらい眠っているつもりなんだろう。温かさと柔らかさがちょうどいいので、長距離移動の癒しになっている。
「自分の体を勝手に使ったヤツだぞ。同情しなくてもいいだろ」
「でも、その女神はアキラのことが好きなのに、もう会えないんだよね?」
シエナの席は向かい側だ。
真正面から真剣にオレの交渉の理不尽さを訴えてくる。
「確かにアキラの交渉は理不尽極まりなかったが、そうでもしなければお前は1年もあの女神に使われていた。あの危険な存在は封印しておくべきだ」
「……にゃー、むにゃむにゃ……」
ランランの寝言か鳴き声かよくわからないものを聞かされると、なぜか全員それ以上の言及をしなくなった。
王都に着くと、全員疲れ果てていたのか(ジャック以外)、レジェンド・オブ・イレギュラーズに帰ってすぐに寝てしまった。
ランランに限っては究極の二度寝だ。
寝ぼけてオレの部屋に入ってきたけど、子猫を抱えるようにして彼女自身の部屋に運んでやった。
この日の夢は悪夢だった。
現実世界に影響を及ぼすことができないという神。
最初オレの前に姿を見せたように、夢の中だけは例外らしい。もしかしたら、夢っていうのは現実と非現実の狭間なのかもしれないな、という哲学的なことを考えている余裕もない。
「私を騙しましたね」
「えーっと、ごめんなさい」
「素直ですね。許します」
なんかすんなり許してくれる水の女神。
惚れられた男ってのはやっぱり強い。
これで一件落着かと思われたその時、水の女神が夜も眠れないようなことを口にする。
「ですが、アキラ様はもう私のものです。夢の世界というのは、神が唯一直接的に下界の住人と接触できる空間なのですよ。毎晩毎晩、私がアキラ様の夢を支配します」
「オレのことが好きなら、それだけはやめろ」
「無理です。あなたが眠る限り、私のものなのは永久的な契約です。そして近いうちに、現実世界にいるアキラ様を迎えにいきます」
「現実世界には手を出せないんじゃなかったのか?」
まどろみの世界で、オレを抱き締める水の女神は悪魔のように微笑んだ。
「約束をする時には、条件に穴がないかよく考えてからすることです」
「もうあんたは人間に憑依することができないはず……」
「ええ、それも、人間だけではなく、あらゆる生命体に……」
「その意味深な言い方やめてもらっても――」
「ごきげんよう」
全身に粘りつくような汗と一緒に目が覚める。
これから、こんな夢が一生続くというわけだ。
笑えてくる。
それでも、女神をこけにした代償と考えれば安いものだ。殺されることはないし、王都が破壊されるわけでもない。
毎日の悪夢?
どうせ3日で慣れる。
もしかしたら、そのうち水の女神が好きになったりするかもしれない。
だが、そう単純なものじゃなかった。
代償はそう安いものじゃなかったというわけだ。
毎晩、同じ夢を見る。
ヤンデレな水色髪の女に縛られ、弄れる夢だ。水の女神は想像以上にSっ気が強いヤンデレだったらしい。
初耳かもしれないけど、オレはMじゃない。
基本的に虐められるのは嫌いだ。
「大丈夫?」
悪夢が続いて1週間がたった頃。
この1週間の間、モンスター討伐には参加していたし、王国政府からの依頼もしっかりこなしていた。
だから心配される要素なんてなかったはずなのに……シエナはオレの精神的な負荷に誰よりも早く気づいた。
風呂から上がったオレは、睡眠なんてろくに取れないとわかっているのにも関わらず、自分の寝室に足を運ぶ。
そんなオレに後ろから声をかけてきたのがシエナだった。
彼女はオレの寝室に入るや否や、大丈夫?と母親のような表情で聞いてきた。
「眠れないんだ」
こぼれるように口から出た本音。
言うつもりはなかった。
それなのに、シエナなら自分を救えるかもしれないと願う自分がいた。
オレがベッドに腰掛けると、シエナは肩が触れ合うような位置まで顔を近づけて、座っていいか聞いてきた。
オレが返事をするよりも先に、隣に座るシエナ。
「あれからずっと、例の女神が夢に出てくる。そんなにいい気分じゃない。大量の汗をかいて、夢から現実に逃げるようにして目が覚める。現実逃避じゃなくて、夢逃避だよな」
「無理してジョークを言わなくてもいいんだよ」
その一言に、ふっと。
肩の力が抜け落ちるのを感じた。
シエナの声は優しくて、穏やかだ。聞いているだけで落ち着く効果がある。
「すぐ慣れるだろうと思っていたけど、そうでもなかった。そのせいで毎日眠れないし、これが永遠に続くと考えたら……怖くてしかたないんだ」
「ポジティブなアキラ君が……珍しいね」
「だろ? オレは自分が思ってたより弱いらしい」
「アキラ君は、弱くなんかないよ」
シエナの両手がオレの両手を包み込む。
その手は細くてすべすべで、冷たかった。でも、それと反対に心が温まっていくのを感じた。
「アキラ君、今日は一緒に寝る?」
「……え?」
まさかのお誘いに、顔が熱くなるオレ。多分今、真っ赤だろうな。
「普通に横になるだけ。その気になったら、わたしを抱き枕として使ってくれても……いいよ」
「……」
変な意味はない。
そう聞いて、なんか恥ずかしくなる。
でも断るつもりはなかった。
ベッドに横になると、シエナも体を倒して隣に寝そべる。
顔と顔が近い。
お互いの呼吸が少しずつ速くなっているのがわかる。
これがドキドキだ。人間が恋をした時に起こる症状だ。初めての経験だけど、きっとこれがその恋なんだろう。
これだと余計に眠れないような気がする。
さっきまでオレを落ち着かせていたシエナの声が、今ではオレの心臓の鼓動を速めている。
「好き」
シエナがギュッとオレを抱き締めながら、か細い声で言った。
聞き間違いかと思ったら、もう一度。
「好きだよ、アキラ君」
「……」
ここまではっきり言われると、聞き間違いだと思い込むこともできない。
「オレも好きだ……シエナのことが」
「……本当?」
「疑うなよ」
気づけば、唇に柔らかいものが当たっていた。
それがシエナの唇であるとわかるのに、そこまで時間はかからなかった。
「好き」
「セリフの使い回しか?」
「好き」
「やっぱりな」
そういうアホなやりとりをしながら、オレは深い眠りについた。
幸運なことに、その夜は例の夢を見なかった。




