0021 転生者の運命
シエナに憑依した水の女神が自分の正体を明かしたその時、オレはとっさの判断でゴンドラから地上へと飛び移った。
敵意があるとは思えない。
ただ、何か別の危機感を覚えた。
オレの後を追うように、水の女神がゴンドラから飛び出す。
可哀想なゴンドラは、超人2人の強い踏み込みのせいで、あっけなく沈没していった。
「あとで請求してやる」
「アキラ様のためなら、どんなことでも致します」
「じゃあシエナを返してくれ」
「それはできません」
「別の人に乗り移ったりとかはできないのか?」
「私が乗り移れるのは、標的に強い想いを寄せている女性だけです」
その説明は間接的にシエナがオレに強い感情を向けているということを示した。
顔が赤くなる。
それを見て、水の女神が怒ったように頬を膨らませた。
「嫉妬してしまいます。本来の私の容姿であれば、アキラ様の心を一瞬でつかんで離さなかったはずなのに……」
さすがにここで、シエナの方が美人だ!と反撃するわけにはいかない。
女神に向かってそんなことを言うと不敬罪だからな。
無駄な罪は避けたいし、神様の機嫌を損ねると大抵最悪の結末が待っている。
そこまで神話に詳しいわけじゃないけど、神を怒らせて化け物にされたり、矢で射抜かれたり、街を崩壊させられたり――神に関わるとろくなことないよねっていうのがオレの見解だ。
「そもそも、なんでオレのことがそんなに好きなんだ? もしよかったら、今からジャックっていう友達連れてくるから――」
「黒人には興味ありません」
「それは黒人差別だろ。女神がそんなことしていいと思ってるのか?」
「私は白人にも興味ありません」
「なるほど?」
好みの幅が狭いタイプなのかもしれない。
エルフよりヒューマンとか種族的な好みも言ってたし。
クリスがダメならジャックを推そう作戦もこうして失敗に終わった。
黒人も白人もダメってことなら、残るは黄色人。残念ながら、この世界にオレの知る黄色人の知り合いはいない。
「私が惹かれるのは、他の神の息がかかっている男です。アキラ様はまさしく、私の求める男――異世界からの転生者」
オレが現代日本で死んで、こっちの世界に来ることができたのは、ある女神のおかげだ。
目の前でシエナに憑依している水の女神じゃない。
彼女は自分の名を名乗らなかった。自分が何の神であるかも教えてくれなかった。
ただ、再び世界で生きる権利と、新しい運命を与えると言われただけ。
「アキラ様には神にも見えない神秘のヴェールが施されています。一体どの神がアキラ様をこの世界に送り込んだのか、水の女神である私でも見通すことはできません」
「水の女神の地位が低いからとかでは?」
思い切って突っ込んでみる。
惚れられた男は強い。
「これでもスぺイゴール12神のうちの1柱です。この大陸ではトップクラスに信仰者の多い神なんですよ」
「実は結構すごいんだな」
「ま、まあ――ですから、そんな私の男になれば、アキラ様にも同じような地位を提供すると約束しましょう」
「オレを神にしてくれるとでも言うのか?」
「それは残念ながらできません。ですが、不老不死にすることは可能です」
不老不死。
オレがずっと望んでいる力の1つだ。
でも、不老不死になるのであれば他の仲間もみんな不老不死であってほしいと思っている。自分だけ死なない肉体を手にしても、虚しいだけだ。
そのうちジャックがそういう魔術を発明してくれるんじゃないかと期待していたけど、神の力を使えばすんなりとできそうだ、ということはわかった。
「常に私から離れず、毎晩一緒に夜を過ごし、永遠の愛を育むと誓うのであれば、今すぐにでもアキラ様を不老不死にすることができます。不老不死というのはそういう契約の上で成り立つものですからね」
「じゃあやめときます」
それだと自由のない永遠の地獄じゃないか。
好きな時に好きなところに行き、好きな友達と好きなことをする。それが永遠と続くのであれば、不老不死を検討してもよかった。
「な、なぜですか!? 永遠にこの私と一緒にいられるのですよ? それも、今の仮の姿ではなく、本来の姿の私と」
「あんた、ナルシストだよな」
シエナの姿の方がいいに決まってる。
仮にシエナと永遠に暮らすのであれば、1時間ほど悩んでオッケーサインを出したと思う。
「転生者は特別なのです。あなたは本来この世界にはいてはならない。それなのに、ここにいることを許されている。その代わり、神が干渉しなくてはなりません」
「つまり?」
「私と転生者であるアキラ様は結ばれる運命にあるのです」
どういう理屈なのかさっぱりだ。
「どんな話かと思い耳を傾けてみれば、わけのわからない戯言か」
「――ッ」
シエナ姿の水の女神が目を細め、動揺した素振りを見せた。
建物の影から現れたのはジャック。
実はオレの場所からだと見えていた。ジャックがどうにかしてくれることを願って、時間稼ぎをしていたのだ。
「不老不死の件や転生者の件に関しては俺も興味がある。聞かせろ」
「ジャック、その話はあとでじっくりしてやるから、今はシエナをどうにか――」
「対処法は知らん。まずは話を聞いてから最終手段に移る」
イレギュラーズで最も頼りになる男、ジャックはオレの隣に並ぶと、大きく右手を前に振りかざした。
「くだらないことを言えばお前を爆破する。早く言え」
「ちょっと待て。シエナの体を吹っ飛ばすつもりか?」
「それは最終手段だと言っただろ。まだ最初の段階だ」
ジャックの表情からは焦りが見えない。
多分状況はそこまで悪くない。女神もこっちに危害を加えるような意志はないし、まだ爆発も起こってない。
問題があるとすれば、ジャックが来ると大抵の事件は爆発で幕を閉じるってことだ。
シエナの伝説級の美顔が吹き飛ぶのだけは見たくない。
「最初に申し上げておきますと、アキラ様が手に入りさえすればこの女性もすぐに返して差し上げるつもりです。危害を加えることはありませんのでご安心ください」
「安心できないから聞いている」
「私が本来の女神としての姿を地上に呼び起こすには、シエナさんの体を1年ほど借り、地上の空気と環境に慣れた上で――」
「長すぎる。1年も悠長に待つつもりはない」
ジャックは気が短い。
短気とはいっても、いきなり喚き出すとか、そういう低レベルなことはしない。
ただ、物事の結論を出すのが早いだけだ。決断力に優れていると言ったら聞こえはいいかもしれない。
でもそれは、相手の意見を1割聞いて、そして――最後はお決まりのアレが起こる。
こうして、ジャックは水の都でも派手な爆発を起こした。




