0018 魔王城での打ち上げ
アホなジャックの失言のせいで、この会場の全員がオルド=魔王であることを知ってしまった。
魔王が邪悪で残酷な存在として認識されているのはこの世界でも変わらない。
冒険者ギルドでは要注意魔物の扱いだし、勇者界隈では最大の討伐対象。
そんな魔王が、魔術師の間でどんな存在なのかというと――。
『やっぱりな! あんだけ強いんだし、魔王だと思ってたぜ!』
『それな! 魔王って魔術の天才らしいし、納得だね!』
『魔王ってかっこいいな~。ママ、ぼく将来魔王になりたい!』
普通に尊敬される存在だった。
どうやら魔術界隈では魔王=魔術の王という感覚らしい。
普通にヒューマンの容姿をしているし、危機感とかはないんだろうな。
むしろ前より称賛の声が増えた気もする。ジャックはいい仕事をしたのかもしれない。
『魔術師の諸君、吾輩は魔王オルドである。この度は魔術師トーナメントの参加及び観戦、誠に感謝する』
空中にふわっと浮遊する魔王が、穏やかな表情でアナウンスした。
オルドは普通のヒューマンの容姿で、黒髪黒目の、少し陰キャっぽい雰囲気だ。なんか知らんけど親近感が湧いた。
『トーナメントに参加した30名の魔術師の諸君、皆の健闘を称え、これから魔界にある魔王城に招待しよう!』
そのセリフから実行までの速度は桁違いだった。
気づけば空中闘技場ではない、別のどこかに転移していた。
そして――。
「まさかここは……魔界、なのか?」
オレたちは魔界にいた。
トーナメントに参加していないロジャーとケヴィンを除き、イレギュラーズ全員とヴァネッサは魔界に転送されたのだ。
クリスは失格になったけど、参戦はしたから一応打ち上げにも参加できるっぽい。
「魔界に来たのは初めてか?」
「そりゃそうだろ。普通そうじゃないのか?」
ジャックがいきなりマウントを取ってきたので、苛立ちながらそう返す。
普通の人間は魔界になんて来ない。
というか、どうやってこんなところに来れるかもわからない。
魔界は人間界とはまったく違う次元にある。神の世界と人間の世界が異なるように、魔界もまた、人間の世界とは全然違う。
「魔界って思ってたより明るいとこなんですね~。暗闇の中にあるかと思ってました」
「暗かったら生活しにくい。イメージと直結しすぎだ」
「だってイメージですから」
ランランの言う通り、魔界という割には明るく、人間の世界と何か違いがあるようには感じられない。
次元は違うのかもしれないけど、世界観も雰囲気もほとんど変わらないので、ここが本当に魔界なのか疑ってしまうほど。
視線の奥にはマグノ・ボケリア城に匹敵するほど大きい魔王城。
勇者が旅の最後にたどり着くような場所だ。
そんなラスボスのいる場所に、ラスボスと一緒に打ち上げをするために向かっているなんて、不思議な気分だ。
魔王城の中も至って普通だった。
豪華で綺麗。城という言葉にふさわしいだけの、品性と秩序があった。
驚いたことに、イレギュラーズは魔界でも十分に知られている。
特にマジックノイド(ジャック)とカゲブンシン(オレ)が魔族には人気らしく、握手だったりサインを求められた。
「魔界では人気がないようだな」
「ドンマイ、クリス」
魔術師のジャックがすました顔でクリスを見る。
人気では誰もクリスに勝てなかったのに、魔界では完全に立場が逆。
「人それぞれ推しは違うだろうし、気にしてないよ」
クリスは苦笑いしながらそう言っていたけど、実は結構気にしているのかしばらく黙り込んでいた。
その間にランランが猫大好きな魔王オルドにやたらと絡まれている。
「ランランちゅぁん、吾輩はずっと汝を応援していたのだよ。ずっと前から頭を撫でなでしたいと思っていたんだが、その……いいかな?」
え、普通にキモい。
どうした魔王?
異世界ファンタジーのラスボスが、そんなキモい奴でいいのか……。
「あ、その……ひぃ」
ランランは魔王という存在に怯えているのか、ずっとオレの背中に隠れていて、なかなか懐こうとはしなかった。
そんなに危険そうな奴じゃないけど、最後まで警戒は緩めない方がいいだろう。
いくらジャックの旧友とはいえ、魔王は魔王だ。人類撲滅計画を頭の奥底で考えていないとも言えない。
シエナの美貌は魔族の前ではさほど効果がなかったらしく、シエナガンの開発者としての功績が評価されているみたいだった。
魔界でもシエナガンに匹敵するような発明はなく、鍛冶師もお手上げ状態らしい。
そしてオレは忍者ということで魔族からは大人気。
魔族は子供の頃から忍者の物語を読み聞かされて育ってきているため、忍者というだけで羨望の的なんだとか。
ジャックは偉大な魔術師として言わずもがな。
クリスはやっぱり人気がない。
素晴らしい4人をまとめるエルフの主導者というだけの認識。
「オレがクリスの武勇伝を広めようか?」
「いいんだ、アキラ。その優しい気持ちだけ受け取っておくよ……」
クリスはかなり弱っていた。
参加者30名は、大きな円形テーブルが複数ある広間に案内された。
結婚式会場みたいに白がいっぱいある、なんというか、神聖そうな場所だ。
ここ、本当に魔王城で合ってる?
「イレギュラーズの諸君はこのテーブルに。吾輩と妹もここで食事をいただこう」
オレのちょうど対局にジャック。その右隣に魔王、左隣に魔王の妹のニュー。
オレの隣はシエナとクリスだ。
シエナの左隣にランランで、ランランの左隣は魔王となる席の並び。
魔王の隣とか気まずくて絶対に嫌だったので、ランランの犠牲はしかたがないと言える。
というのも、魔王が最初からこの席を指定していたわけだけど。
席に座ったかと思うと、早速前菜が運ばれてきた。
魔界特有の毒々しい見た目の料理が出てくるのではないかとビクビクしていたけど、実際はフレンチのフルコースで出てくるような美味しい前菜だった。
サーモンのカルパッチョ、キャビアを添えて。
今後も週に1回のペースで魔王城に招待してほしい。
乾杯とか、ジャックの表彰とかが終わると、純粋に料理を味わいながら会話の時間だ。
オレは料理を味わうのに精いっぱいで話す余裕なんてないけど、魔王とジャック、魔王の妹の間で繰り広げられる会話くらいは聞き取ることができた。
「あの、ジャック様」
「ん?」
ニューは言葉も発することができないままジャックに吹っ飛ばされていたので、声を聞いたのは初めてだ。
茶髪ボブに茶色の瞳を持つ、小柄なロリっぽい魔王の妹である。
それに加えて幼く高い声なので、余計にロリっぽいんですけど。
「ニューはジャック様のことが好きなのです」
「は?」
え、こいつ急にどうした!?
「ドキドキしましたぁ。自信満々で大会に参加したニューを、ジャック様は一撃で吹き飛ばしてくださって……そのおかげで、ニューは自分の弱さに気づくことができたのです」
「そ、そうか」
あのジャックでさえ、うろたえている……!
「こうして自分の弱さに気づいてくれたのなら好都合だ。ニューには吾輩よりも強くなってもらわなくては困る」
「魔王より強い妹か。それは魔王としてどうなんだ?」
それはジャックに同感だ。
魔王みたいな存在だと、自分を追い越すような存在は今すぐに消しておきたいんじゃないの?
「吾輩は今すぐにでも魔王という地位から逃げたいと思っている。王って面倒なのだよ。好きに魔術を極めて生きていきたい」
「ニューが魔王になったら、ジャック様と結婚するのです。そしたらジャック様は最強の魔王になります」
「それはいい考えだ、我が妹よ」
「えっへんなのです」
ジャックが魔王に……。
飛躍しすぎた話にも思えるけど、そうでもないのかもしれないというのが恐ろしいところ。
ジャックならそのうち、余裕で魔王を超える力を手にするだろうから。
というか、それ以前に――。
「ジャックってモテるな。ヴァネッサからも好かれて――」
「アキラ君、それは言っちゃダメ」
シエナに口を塞がれる始末。
口の中に食べ物が入っていなかったのが唯一の救いだ。
幸い、鈍感アホのジャックはいつも通りだった。
「魔王になるつもりはない。お前と結婚するつもりもない。話は以上だ」
「ニューは諦めないのです。いつか必ず、ジャック様を振り向かせてみせるのです」
「好きにしろ」
ジャックの場合、好きにしろというセリフはツンデレにもなり得るけど、基本的には言葉通りの意味で、どうでもいいってことだ。
本気で気にしてないんだろうな。
そういう人って謎にモテるよな。なんなんだろうな。
魔王城に泊まらせていただく、なんてことはなく、晩餐を楽しんだら王都にあるレジェンド・オブ・イレギュラーズ本部に一瞬で帰還したオレたち。
結局、今日のMVPはジャックだった。
優勝するし、魔王と戦うし、女子からはモテるし、魔界では人気者だし……。
「ジャック、一緒に風呂でも――っておい」
MVPのジャック君を浴場で労ってやろうと思っていたのに、張本人は帰宅後速攻訓練室に向かっている。
大会の日の夜くらい、ゆっくりして過ごそうよ。
「魔王との戦いで、日頃の筋トレが役立った。魔術が封じられてしまった場合は俺もフィジカルで戦う」
「体のほとんどが機械なんだし、筋トレしてもそんな変わらないような気がするけど」
「筋トレで鍛えているのは肉体だけではない。精神も同時に鍛えている」
「まあ……確かに」
「だとすれば最強のトレーニングだ」
「……」
もう何も言わなくていい。
ジャックはジャックだ。
王都最強の魔術師ジャック。
彼はイレギュラーズの裏の参謀であり、爆弾であり、やっぱりアホなのだ。




