0015 魔王との因縁
2回戦が始まる直前。
ジャックは自分の控え室で1人、機械の腕のメンテナンスをしていた。
メカノイドという種族は体の一部が機械で構成されている。
普通のヒューマンとは違い、肉体的なトレーニングなど必要はない代わりに、体のメンテナンスが必須になってくるのだ。
「忙しいか?」
「お前は……オルドか」
「久しぶりだ、ジャック」
鍵をかけていたはずの扉が開き、今大会の主催者が入ってきた。
こうして魔界から出て活動する時には一般的なヒューマンの容姿をしている。
今の魔王はジャックと同じくらいの背丈で、瘦せ型の男だった。
メンテナンスをちょうど終えたジャックは、ツヤツヤと輝く機械の右腕で魔王と握手を交わす。
それは敵対しているようなバチバチしたものではなく、久しぶりに友人と会った時の親しげなものだった。
「汝が今大会に出場してくれて嬉しいよ。てっきり吾輩のことが嫌で参加を見送るものだと思っていたからね」
「元々は出るつもりなんてなかった」
「しかしながら、こうして出場している」
「ヴァネッサがしつこかったからだ」
「ヴァネッサか。1回戦での戦いは見事なものだった」
魔王とジャックはかつての知り合い、いや、友人だ。
魔術都市の魔術大学を首席で卒業したジャックは、王都に来る前、しばらく魔術の修業のために魔界に滞在していた。
飛び級合格して飛び級卒業したジャックはその時まだ15歳。
それから4年ほど魔界にて魔術修業をしていたことになる。
魔王オルドはそんなジャックの魔術への探求心を評価し、魔術の先輩として、同じ魔術研究の仲間としてジャックと行動を共にしていた。
しかし――。
「ジャック、あの考えはまだ変わっていないのかな?」
「変わるはずがない」
魔王の口から出たあの考えこそ、この2人を引き裂いた価値観の違い。
それは――。
「俺は永遠の犬派だ。猫より犬の方が利口で愛嬌がある」
「それは大きな間違いだ、ジャック。猫ちゃんこそ、この世界を支配するにふさわしい存在。可愛く、そして愛くるしい。魔王の心も溶かしてくれる」
犬派か猫派か。
これは究極の二択。
この派閥争いこそが、ジャックが魔界を離れて王都に旅立った原因である。
「ランランのことも猫人族だから許可したんだろう。大魔術師でもあるお前が、そんな魔術への冒涜――」
「吾輩は魔術という概念の広がりを信じている。あの可愛い可愛いランランちゅぁんも、きっと魔術的なものを――」
「正直に言え」
「それはもちろん、ランランちゅぁんの猫耳が尊すぎるからだ。何か言いたいことでも?」
「……」
ジャックは呆れ担当だ。
イレギュラーズの仲間に対しても呆れ、魔王ともあろう存在にも呆れ……。
「もしよければ、ランランちゅぁんをしばらく貸してほしい」
「その『ちゅぁん』はやめろ。吐き気がする」
「推しが尊すぎるからしかたないだろう」
「どうして俺のまわりにはこんな奴らしかいないんだ……」
こんな奴らとは、イレギュラーズ+ロジャー+ヴァネッサ+ケヴィン+国王のことである。
「実は今日、汝とは和解しにきた。当然ながら猫派は譲らないが、価値観の違いを尊重し合うことこそ、大人同士の関係なのではないかと思ったのだよ」
急にまともなことを言い始めた魔王。
「それもそうか」
溜め息をつきながらも、そのことに関しては認めるジャックであった。
「わだかまりが溶けたということで、本題に入ろう」
「本題があったのか」
「実は次の2回戦、吾輩の妹であるニューが汝と対戦する」
「ニュー・ネメシスか。何度か会ったことがある」
「そう。しかし、少し前まであんなに幼かった妹が、今では吾輩を脅かすほどにまで成長したのだ。本気で戦い、ジャックの成長も見せてくれ。手加減をしたらランランちゅぁんをいただく」
「いいだろう」
ジャックはこの時、手加減するかどうか本気で迷っていた。
そして2回戦が始まる。
イレギュラーズのクリスを除く3人は確実に勝利し、準々決勝へと駒を進めた。
2回戦最後はジャックVSニュー。
魔王オルドの妹と、魔王オルドの旧友の熱い戦い。
多くの観客はニューがオルドの妹であることを知っているため、ニューへの歓声の方がジャックへのものよりも大きかった。
「まさか、ジャックが魔王の妹と当たるなんてね」
「これ、倒しちゃったらヤバいんじゃないか?」
クリスとアキラは観客席で心配している。
クリスは魔王の妹という肩書きから、ニューがとんでもなく強いのではないかと思っているため、ジャックが敗退してしまうかもしれないという心配。
アキラはジャックの強さを誰よりも信頼しているため、逆に魔王の妹を簡単に倒してしまわないだろうな、という心配。
戦闘開始のコールが響き、強者同士の戦いが始まる。
「指パッチン・ダイナマイト」
開始1秒後。
ジャックが必殺技を繰り出した。
控え室ですでに魔力を集めていたジャック。この時には必殺技が放てるだけの魔力を溜め込んでいたのだ。
渾身の必殺技により、大爆発が巻き起こる。
ニューはそれに巻き込まれ、一瞬で場外に出た。
「やっぱりな。なんとなくこういう展開になりそうだと思ってたんだ」
「アキラ君、この展開を読んでたの?」
「ジャックは空気を読まないからな」
***
なんと準々決勝も圧勝してしまった。
オレたちが強すぎるのか、王都の魔術師たちがさほど強くないのか。
全員それなりに実績のある魔術師だと聞いてたけど、どうやらイレギュラーズとしての戦力の方が遥かに上だったらしい。
シエナとランランも苦戦することなく準決勝に勝ち上がった。
魔術を必死に極めてきた本物の魔術師たちに申し訳ないな。
今観戦しているのは、準々決勝最後の戦い。
ジャックとヴァネッサの真剣勝負だ。今回もどうせ一撃で終わるんだろうな。
そう思っていたけど、どうやらヴァネッサは思っていた以上に強い魔術師だった。
――ジャックに一撃でやられていない!
ジャックの必殺技を障壁魔術で上手く回避して、自分の火炎魔術に繋げている。
1分以上、お互いがお互いに傷をつけられない戦いを続けていた。
「ヴァネッサさん、あのジャックさんとあそこまで戦えるなんてすごいですね」
ランランが観客席からヴァネッサを褒める。
もちろん本人に聞こえてはいない。
でも、オレたちに戦場の会話は丸聞こえだ。張り巡らされた音声拡張魔術により、観客も魔術師同士の白熱した会話を聞くことができる。
『アタシはアンタを倒すため、毎日毎日魔術を極めてきた!』
『そうか』
『1秒たりとも、アンタのことを忘れた日はないんだ! ジャック、もしこの戦いでアタシが勝ったら……』
『なんだ?』
『アタシが勝ったら……』
もしやこの流れは……。
会場中の注目が、2人の会話に集まる。
ロジャーはここで初めて気づいたらしく、目を丸くして驚いていた。
「ま、まさか……ヴァネッサ殿がジャック殿に好意を抱いていたとは……つまり、イレギュラーズとデストロイヤーズの男女間での交際が成立するということ……シエナ殿、ボクは――」
「ごめんなさい」
どんまい、ロジャー。
『アタシが勝ったら、その……アタシの頼みを聞いてもらうから覚悟しろ!』
『どんな頼みが言ってもらわなければ、同意はできない』
『それは……ほら、わかるだろ?』
『まったくわからん』
そう言って、ジャックが最後の一撃を繰り出す。今までの試合の中で最も大きな爆発が起こり、ヴァネッサは黒焦げになった(ちゃんと治癒師が治療して元通りになったのでご安心を)。
相変わらず、空気を読まないし、鈍感だし……オレは絶対に、女性の気持ちを理解してやれないような男にはならないぞ!
もちろん会場からはジャックへの大ブーイング。
「これに関しては擁護できないね」
さすがのクリスも、鈍感野郎に呆れていた。




