0010 価値あるオレンジ
「えーっと、つまりどういうことですか?」
レジェンド・オブ・イレギュラーズ本部のグランドホール。
新しい地位を得たランランが、状況が理解できずにポカンとしていた。
「お前は王都全域に広がる地下迷宮の支配者になった。伝説の存在だ」
「あたし伝説になったんですか? まだ生きてますよ」
死んでないと伝説にはなれないらしい。
「あのダンジョンの所有権も、支配権も、全てランランが握っている。遺産が全てお前のものになったということだ」
ここで、ジャックが溜め息をついた。
「――と言いたいところだが、迷宮の入り口の土地は王国が所有している。今後は政府と話し合って折り合いをつけていかなければならない」
「なんかめんどくさそうだな」
「アキラ、お前が面倒を見ろ」
「オレは関係ないだろ。権利があるのはランランだし、全部ランランの自由だ」
「ランランの自由、か。自由にさせたらどうなるかわかって言っているのか?」
「あ……」
ランランの自由にしてしまえば、世界は滅びる。
王都にとって脅威的でありながらも、魅力的な地下迷宮の所有権を得たランラン。そんなランランがまた何かやらかすとしたら、それこそ国家レベルの大問題になるだろう。
瞑想中にランランを迷子にした責任も一応あるので、ここで黙って面倒を見るべきか。
「わかった。ヤバくなりそうだったら止める」
「ヤバくなりそうと思う前に止めろ」
「要求が多いな」
それならジャックが面倒を見てくれ。
そう言いたかったけど、今回ゴーレムをあっさりと倒せたのは彼の分析のおかげだし、なんか言いづらい。
それに、ランランもジャックの指示には従わなそうだ。
「あたしの面倒を見れるのはアキラさんしかいませんよ~」
アホ毛を揺らし、笑顔でオレを見るランラン。
この無邪気で可愛い生き物を責めることはできない。
ここがオレの弱いところだな。
オレの隣では、ランランがごくごくとオレンジジュースを飲んでいる。
飼い主に甘えるようにペタリと肩を寄せ、赤ちゃんみたいな新鮮な香りをオレの鼻にもたらしていた。
国境になっているスぺイゴール山脈を越え、オレとランランは隣国のユハ帝国に来ていた。
ここはユハ城の応接間だ。
向かい合っているのはユハ帝国の帝国交渉官であるハネス。
不愛想なてっぺんハゲ親父。
それが交渉開始5分時点での、ハネスの印象だ。
「現在、ルーン神殿近くに封印されていた地下迷宮が攻略され、猫人族の王族の末裔とされるランラン様がその所有権を獲得しております」
なんか難しい言葉で淡々と言われた。まあ、要するにランランが迷宮の所有者だということだ。
ランランにもわかる言葉で話してほしい。
正式な外交だから仕方ないのかもしれないけど。
「ふわぁ、つまりあたしが迷宮の持ち主ってことですね」
ランランにも通じてた!
ちょっと馬鹿にしすぎていたかもしれない。なんかごめん。
「そこで、我々ユハ帝国はダンジョン1階層の半分の土地を持つ権利をランラン様から買いたいと思っております」
ランランの知能を考え、今度はわかりやすい言い回しを選んでくれるハネス。最初はハゲスの間違いじゃないかと失礼なことを思っていたが、ここで彼のことを見直した。
「いいですよ~」
ランランが二つ返事で許可をする。
「え?」
「あれ? どうして驚いてるんですか?」
「いえ、あの、その、この……」
目を点にして、わかりやすくびっくりしてるぞ。その顔が面白すぎて、つい笑ってしまった。
「ごほん、わかりました。では、我々としては8000グラットを用意しておりますが――そちらの王都の単位では80億セントルになります」
「80億セントル!?」
大声を上げてしまったのはオレだ。
王都セントリアのお金の単位であるセントルは、1セントルの価値がだいたい1円と同じ。
つまり、ランランは80億もの大金を手にすることが――。
「80億セントルは……ちょっと……」
ランランがなにやら考え込んでいる。貴重な姿だ。
「少なすぎましたか? では100億はどうでしょう?」
さらに増えるの!?
あの地下迷宮にそれだけの価値があるってことか。
厳密に言えば、ランランがたまたま猫人族の王族の末裔で、迷宮に迷い込んで支配することになったからこそ、この価値だ。
1階層の半分だけでこの破格だからな。
迷子も役に立つことがあるということだ。
今度オレも迷子になってみようかな。ストレイニンジャの爆誕だ。
「100億セントルも80億セントルもあたしには多すぎるっていうか……別にお金には困ってないので~」
「ランラン?」
「アキラさん、どうしました?」
「いや……」
お目付け役としてついてきたわけだけど、ここでランランの報酬に対して口出しするのはよくない気がする。
これはランランの手柄だし、身内だからといってそこに介入するのも嫌だしな。
「ユハ帝国側がそこまで出すって言ってくれるなら、その迷宮には100億の価値があるってことだろ? だったら、それに合うくらいの対価を要求しても……いいんじゃないか?」
「それに合う対価……うーんと、難しいですね~。でも、最近オレンジにハマっているというか、お酒の席でオレンジジュースばっかり飲んでたら、すごくオレンジが好きになってしまって……」
「うん、それで?」
なんでいきなりオレンジの話になるのか。
「だから思ったんですよ~。毎日好きなだけオレンジを食べたり、オレンジジュースが飲めたらな、と」
嫌な予感がする。
「オレンジジュースなら、オレが毎日買ってくるし――」
「でも、オレンジってボケリア王国にはそこまで出回ってないですよね?」
ちゃんとオレンジが好きなんだな。
実際のところ、ボケリア王国はオレンジをユハ帝国からの輸入に頼っている。気候的に、ボケリア王国はオレンジが作りにくいからだ。
ボケリア王国は年中カラッとしていて、あまり雨が降らない。
「もしかして、オレンジを……?」
「はい。だってお金だけもらってもどうやって使えばいいかわからないじゃないですか~」
「オレンジを買ったりできると思うけど」
「あたし、1人だと買いに行けないですし、毎日アキラさんがついてきてくれますか?」
「……」
毎日の散歩と思って付き合うのも悪くないかもしれない。
「でも、もし買いに行くってなっても、あたしめんどくさがりなので行かないと思うんですよ」
「確かに」
「だからオレンジを直接ユハ帝国から家まで送ってもらえばいいと思いませんか?」
世紀の大発見、みたいなノリで言うランラン。
実際に伝説の地下迷宮を発見してこの状況になっているだけに、最悪の皮肉だ。
「ランラン、それは否定しないけど、お金をもらっておいて損は――」
「お金は自分で稼ぐからこそ価値があると思うんです」
なんでこんな時だけ立派そうなことを言うの?
「みんなで楽しく活動して、楽しくお金を稼いでいきましょう」
純粋無垢な笑顔が、オレに向けられる。
断るには可愛すぎた。
オレの飼い猫は最高に可愛いのだ。迷子になっているところを拾って、ここまで一緒に生活してきた。
ランランはオレにとっての妹、いや、娘みたいなものなのかもしれない。
そんな彼女が自分で決断したのだ。
ここで何か文句を言うのは、親として間違っている……。
「ということで、オレンジと搾りたてのオレンジジュースを毎日本拠地まで届けてください!」
誓約書に署名して、ボケリア王国に戻ったのは深夜だった。
レジェンド・オブ・イレギュラーズ本部の近くで馬車から降り、2人で王都の夜道を歩く。
ランランにとって、大金よりオレンジの方が価値が高かった。
猫に小判ということわざがある。
価値のわからない者に貴重なものを渡しても何の役にも立たない、みたいな意味になるけど、ランランの場合は少し違う。
一応ランランも17歳の大人だ。
お金の価値くらいわかっている。
ただ彼女にとって、お金を得ることで手に入る何かは、毎日の確実な幸せよりも価値が低かった。ただそれだけだ。
毎日の確実な幸せはオレンジのことで間違いない。
「本当にこれで良かったのか?」
「はい。毎日オレンジが家に届くとか夢みたいですよ~」
迷子にならないように、今回はしっかりと手を繋いでいる。
さっきは娘のような存在だと表現したけど……やっぱりランランはオレの親友だ。イレギュラーズのメンバーの中でも、1番近い存在のような気がする。
「それに――」
少し顔を赤らめ、白い歯を見せて笑う親友。
「――アキラさんといつも一緒にいられるだけで、十分幸せなんです」
……。
本当に、ズルくてアホで、可愛い女の子だ。




