メガオクトパス!!
潮の香りが鼻をくすぐる、夏の終わりの浜辺。
静岡県のとある漁村「潮留」は、「潮留イカ祭り」の準備で賑わっていた。
この祭りは、長い間、行われていなかったが、昨今のイカの不漁を機に再興することにしたのだった。
「いいか、大漁祈願のイカ神輿、ちゃんと担ぐんだぞー!」
村長の檜山は、神妙な顔で漁師たちに叫ぶ。浜辺には、巨大なイカを模した異様な神輿が立てられている。数メートルもあるその姿は、どこか人の顔に似た歪んだ表情を浮かべていた。
だが、若者たちの間ではこの祭りが人気だったのは、その奇妙な神輿ではなく、夜に開かれる「ナイト・ビーチ・フェス」のおかげだ。
音楽、酒、そして水着姿の男女が入り乱れる一夜限りのカーニバル。
だが今年は、何かが違った。
「なあ、見たか? 沖のほう…なんか、でけぇ影が…」
ドローンで空撮していた青年・ケンジが呟いた。彼のスマホ画面には、海中にうごめく巨大な影の姿が映っている。
だが誰も、それを深刻には受け取らなかった。
「サメか? それともクジラじゃねーの?」
笑い飛ばす仲間たち。
だがその夜、祭りは血で染まることになる。
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午前0時。ナイトフェスの最中に、悲鳴が上がった。
「海から何か出たぞ!」
波間から、巨大な黒い塊が姿を現した。
触腕――それはまるで電柱のような太さで、ねっとりと海面から伸びてくる。先端には吸盤、そしてその中心に牙のような突起が並んでいた。
「イカだ! 巨大な…イカが…!」
誰かが叫ぶ間もなく、一本の触手が浜辺の屋台を巻き上げ、屋根ごと引き裂いた。悲鳴、絶叫、肉の破裂音。
祭りの参加者たちは、なすすべもなく逃げ惑う。
「うわあああああああ!」
触腕が、踊っていたカップルを一瞬で巻き取り、天に掲げた。
ぶら下がる二人の身体は、まるで人形のように引き裂かれ、血が夜空に花火のように舞った。
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檜山村長は、倉庫の奥から「封印札」と書かれた古びた木箱を取り出す。
「バカな…あれは伝承の中だけの存在だったはずだ…“海の主”、メガオクトパス…!」
潮留村には、かつて海の魔物を封じるための儀式が存在していた。
巨大なタコの化け物――その触腕は百、体長は30メートルを超えるとも言われる、太古の災厄。
メガオクトパスは、かつてギガスクイッドと戦い、その戦いの記録を祭りとして残していたのである。
よもや、このイカの神輿をかつての戦いの相手とみたのか。
「て、てぇへんだあ!」
村長は叫び、家を飛び出した。
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ケンジはドローンのカメラを駆使して、怪物の撮影を続けていた。
「これが…バズれば…!」
その瞬間、ドローンに突き上がる衝撃。
メガオクトパスの目が、冷たく彼を見つめていた。
次の瞬間、彼のいる展望台ごと、触腕が巻き込み…叩き潰した。
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人々は逃げる。船で、車で、森へと。
だがメガオクトパスは、執拗に浜辺を襲い続けた。
その動きはまるで怒りに満ちており、まるで「嘲笑う」かのように、楽しげに人々を追い詰める。
「神輿を…神輿を海に放り込め!!」
檜山の叫びで、数人の男たちが神輿を海に担いで戻す。
「イカの像は、あれの“身代わり”だった…! 本物が現れたなら、祭りの形を再び整えるしかない!」
波打ち際に神輿が沈められると、メガオクトパスの動きが、一瞬、止まった。
全身の触手が、ビクビクと痙攣し、海が不気味に光る。そして、素早く神輿のイカの像を触腕で絡めとるとバキバキにへし折った。
「――どうだ?」
静寂。夜の海に、波の音だけが戻る。
そして、次の瞬間――メガオクトパスは勝利の咆哮とともに、海底へと沈んでいった。
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夜が明け、潮留村は静まり返っていた。
浜辺には瓦礫と血の跡だけが残り、住民の半分以上が行方不明だった。
檜山は、血塗れの神輿の前で膝をついた。
「メガ……オクトパス… …」
祭りは中止となり、潮留村はひっそりと人が忘れるように転居していき、その歴史をたった。
今も浜辺の底では、メガオクトパスが眠っているのやも。
触腕を絡め、深海で静かに、次の「目覚め」の時を待ちながら。