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倖せ

〈開帳の佛の神秘知りにけり 涙次〉



【ⅰ】


 武里芳淳の兄、倫理がカンテラ事務所の「相談室」を訪れた。

 芳淳は病院から引き取つた、と云ふ。

 しかし、芳淳の「兵庫戀し」は、未だ續いてゐる。流石の倫理もこれは可哀相と思ひ、田螺谷兵庫探し(彼は姿を晦ましてゐた)を、カンテラ一味に依頼してきたのである。

 本來ならば、「うちは探偵事務所ぢやないから」と断る案件なのだが、特別に「乘りかゝつた船」と云ふ事で、カンテラ、これを承諾した。恐らく、魔界に逃げたんだらう、とカンテラは踏んでゐた。だが、裏切者である彼に、魔界と云へど居場處はあるのか、その點は甚だ疑問であつた。

 倫理から金一封を受け取り、カンテラ、外殻に籠もつて、最善の策を練つた。



【ⅱ】


 谷澤景六の「泥棒と實存」やうやく脱稿し、テオは「をばさん」と會ふ閑を持つた。「をばさん」曰く、ロボテオ2號、「ロボットだつて云ふから、始めはおつかなびつくりだつたんだけど、この子、良くしてくれてねえ」テオ「えへん、何せ僕のコピーだからね」「最近ぢや、この子連れて、外にも出るやうになつたんだよ」-「をばさん」、達者なやうで、テオは胸を撫で下ろした。



【ⅲ】


 魔界。鉄砲隊の屁つぴり腰どもめ! 鍛え直してくれるわ! 鰐革男の怒りが炸裂した。結果、太平洋戦争末期の頃の、中・髙等學校の軍事教練の時間のやうな鍛錬の場が持たれ、鉄砲隊がじろさんに負けぬ躰になるやう、鰐革は監督に励んだ。


 カンテラの思つた通り、田螺谷兵庫はそこにゐた。裏切者の彼は、鉄砲隊の恰好の標的とされ、撃たれても撃たれても蘇生させられる、と云ふ、謂はゞ「極刑」の憂き目にあつてゐた。

 何度血を流した事だらう。朦朧とした意識の中に、兵庫は芳淳の姿を見た。俺が彼女を見捨てた如く、俺も彼女に見捨てられるのだ。やうやつと男女の機微を理解しても、もう遅い。鰐革の手からは逃れられなさゝうであつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈蘇り黄泉見る前に逆戻り銃殺刑を何度でも受く 平手みき〉



【ⅳ】


 その兵庫の慘狀は、「シュー・シャイン」に依つて、カンテラの耳に届いた。「それはだうも、可哀相過ぎるな... 芳淳に會はせてやるか」カンテラ、じろさんを誘つて、「思念上」のトンネルを魔界へと急いだ。


 鉄砲隊を組織し直すと云ふ件で、鰐革にも一つ落ち度があつた。いくら鍛え上げても、じろさんの「古式拳法」の不思議について學ばねば、何にもならないのである。急襲を掛けてきたカンテラ・じろさんには、結局またしても破れ去り、兵庫を取り返されてしまつたのには、鰐革、頭を抱へ込んだ。



【ⅴ】


 この儘で、誰がおめおめと退き下がるか!! 鰐革のファイティング・スピリットは、全然関係のない、人間界の善良な市民に向かふ事となつた。卷き添へとなつた人びとは、報はれないのだが- 事實、とばつちりを受けた人たちにしてみれば、堪らない運の惡さ。


 しかも、兵庫は、「だうせ逃げきれぬ。俺とあの世で結ばれないか?」と芳淳に囁いてゐた。心中の誘ひ、である。カンテラたちには極秘で、ガスを使つた兵庫たち。更に惡い事に、鰐革はそんな兵庫を蘇生させ、心中は失敗。芳淳だけがこの世を去つた。


 カンテラには思ひも寄らぬ出來事であつた。よもや、そんな惡辣さを鰐革が取り戻してゐる、とは彼の考慮の埒外にあつた。

 


【ⅵ】


 鉄砲隊の市民無差別攻撃は、(たが)の外れたテロであつた。何の政治的裏付けをも持たぬ、たゞの鰐革の自暴自棄としてしか意味をもたない。

「をばさん」-「これぢやおちおち散歩も出來ないねえ」テオ「なに、カンテラ兄貴とじろさんが何とかしてくれるよ、それまで待たう」


 しかし、カンテラには暴走するテロを押さえつける手は思ひ付かなかつた。じろさん「案ずるより産むが易しつて云ふぜ」「よし、覺悟を決めやう」


 鉄砲隊の銃撃は、カンテラの「秘術・退魔磁界」に彈丸(タマ)を吸ひ寄せられた。その隙に、じろさんが隊のメンバーたちを斃して行つた。カンテラは、余りの銃彈の數に、かすり傷を負つたが、二人の損害はそのくらゐだつた。



【ⅶ】


「カンテラ一味、【魔】の無差別テロに二の足踏む- 多くの死傷者が!」楳ノ谷汀が奔走し、その「ニュース」の火種を揉み消さうとしたが、時既に遅し、であつた。カンテラ一味は、噂が消える迄の數箇月間、所謂「干された」時間を持たねばならなかつた。


 倫理、「あなた方は最善を藎くしたのに、世間は冷た過ぎる」と、返金は受け取らなかつた。「芳淳さんには惡い事をしました」-「それも理由あつての事。しかして、田螺谷は?」-「魔界の極刑をまだ、受けてゐるやうです。私たちには、もうだうしてやる事も出來ません」


 苦い後味の幕切れであつた。一方、鰐革は、この惡事によつて周囲に恐れられ、魔界の新盟主としての地歩を固めた。皮肉なものだ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈御忌濟めば夏はすぐそこたゞ暑し 涙次〉



 鉄砲隊の一件はこれでお仕舞ひにしやうと思ふ。テオは無邪氣さを取り戻して、眞つ更に猫として「をばさん」の愛撫を受けてゐる。「ごろにやん」思ひもかけず、猫としての悦びの聲が漏れた。テオ本人(?)にも不思議な事であつた。それでいゝではないか。どの道、誰かの倖せは、誰かの不幸と連動してゐるのだ。ぢやまた。


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