38. 決断の時
夜空には、無数の星々が瞬いていた。
その光を見上げながら、ユウキは静かに息を吐く。
ローブの人物は何も言わずに立っていた。
アリスは不安げにユウキの横顔を見つめながらも、彼の決断を待っている。
「ユウキ……」
彼女の小さな声が、静寂を破った。
「まだ、答えは出ないの?」
ユウキは目を閉じる。
「……正直、わからない。」
彼は自嘲気味に笑った。
「この世界を救う力が必要なのは理解してる。でも、その力を受け入れたら俺はどうなるのか、本当にわからないんだ。」
記憶を取り戻せば、この世界の崩壊を止めることができる。
だが、それと引き換えに、今の自分がどう変わるのかは誰にも予測できない。
「……俺は、本当に“ユウキ”のままでいられるのか?」
不安を口にした瞬間、アリスがきつく拳を握りしめた。
「ユウキがユウキじゃなくなるなんて、そんなの嫌!」
彼女の声が震える。
「たとえ記憶を取り戻したとしても、今ここにいるユウキがいなくなるわけじゃないって、私は信じてる。でも……もし、ユウキが“ユウキ”でいられなくなるなら……!」
言葉を詰まらせたアリスの手が、ユウキの袖をぎゅっと掴んだ。
「そんなの、耐えられない……」
ユウキは驚いたようにアリスを見る。
彼女の瞳には涙が溜まっていた。
「……アリス。」
ユウキの心の中で、何かが少しずつ形を成していく。
——俺は、この世界を救いたい。
——でも、それ以上に、アリスを悲しませたくない。
それは矛盾した願いだった。
けれど——
「……俺は、俺でいたい。」
ユウキは静かに呟いた。
「この世界を救うために必要なことがあるなら、俺はそれを受け入れる。でも、もしその結果、俺が俺じゃなくなるなら……それは、違うと思う。」
ローブの人物が、ゆっくりと頷いた。
「ならば、決断するがいい。お前自身が進むべき道を。」
ユウキは目を閉じ、深く息を吸う。
そして、再び目を開いた時——その瞳には、迷いが消えていた。
「……俺は、この世界を救う。でも、俺自身を捨てることはしない。」
アリスが驚いたように彼を見上げる。
「ユウキ……?」
「記憶を取り戻す方法は、これだけじゃないはずだ。完全に元の自分を取り戻すのではなく、今の俺のままで、この世界を救う方法を探す。それが、俺の選択だ。」
ローブの人物は一瞬黙った後、やがて口元に微かな笑みを浮かべた。
「……面白い。お前がどんな選択をするのか、見届けさせてもらおう。」
そう言うと、彼はゆっくりと後ろへ下がり、闇の中へと姿を消した。
静寂が戻る。
ユウキはアリスの方を向き、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。
「……待たせて、ごめん。」
アリスは涙を拭い、ふっと微笑んだ。
「ううん、ユウキが決めたなら、それでいい。私は……どんなユウキでも、ユウキだから。」
その言葉が、ユウキの心に温かく染み渡る。
夜空の星々は、まるで彼らを祝福するかのように、静かに輝いていた——。




