19. 霧の中の遺産
放課後、ユウキとナナは自転車を走らせて町外れの丘へ向かった。薄暗くなり始めた空に、雲が広がって霧が立ち込めている。
「うわ、すごい霧だな」
ナナが前方を見ながらつぶやく。確かに、視界はかなり悪く、丘に近づくにつれて霧はますます濃くなってきた。
「ほんとだ……でも、逆に不気味でいい雰囲気だな」
ユウキは少しワクワクしながらも、同時に胸の奥に不安が広がるのを感じていた。
霧の中、丘の頂上にかろうじて天文台のシルエットが見えてきた。その建物は、廃墟のように無惨に朽ち果てており、かつての輝きを失った古びた塔が立っている。
「ここが……」
ユウキは足を止め、しばらくその姿を見つめた。
「父さんが残したものがここにあるのか……」
ナナも静かにその建物を見つめ、手を伸ばしてユウキの袖を引いた。
「ちょっと、慎重に行こうよ。廃墟って聞くと、なんか怖い」
「うん、分かってる」
二人は霧の中に足を踏み入れると、建物の入口に到着した。ドアは錆びて重そうに閉ざされているが、少し押せば開きそうだった。
「これ、開けるの?」
「……ちょっとだけ開けてみる」
ユウキは慎重にドアを押すと、ギギギと音を立てて少しだけ隙間が開いた。中は暗くて何も見えないが、かすかに冷たい空気が漏れ出してきた。
「入ってみるか?」
「入るって……ここ、ほんとに大丈夫?」
ナナが不安そうに聞くが、ユウキは黙ってうなずく。
「何かがあるかもしれない」
「……うん、分かった」
二人は慎重に足を踏み入れた。湿った空気と古びた木の匂いが鼻をつく。廃墟の中は真っ暗だが、ユウキの手が慣れたように懐中電灯を取り出し、照らしながら進んでいく。
「こっちみたいだ」
ユウキが指差した先には、古びた階段が続いていた。階段の壁にはひび割れが入り、踏みしめるたびに微かな音が響く。
「階段……行くの?」
「うん、行ってみよう」
ナナは少し不安そうにしながらも、ユウキの後を追った。階段を上るたびに、下から冷気が押し寄せてくる。
そして、階段の先に広がっていたのは、かつての観測室だった。長年の放置で窓ガラスは割れ、机や椅子もすっかりほこりをかぶっている。しかし、部屋の中心にはひときわ目を引くものがあった。
「これ……」
ユウキは懐中電灯を向け、その先を照らした。そこには、大きな木製の机と、それを囲むように古びた書類が積み重なっていた。机の上には何もなかったが、目を凝らすと、机の隅に何かが残されているのが分かる。
「これ、なんだ?」
ユウキは近づき、手を伸ばしてそれを取り上げた。それは、一本の古びたペンと、何かの記録が書かれた紙だった。
「……父さんの?」
ナナがその紙をじっと見つめる。ユウキがそれを広げると、そこには一行の文字が書かれていた。
『星の円盤。見つけた場所は、未知の軌道の中にある』
その下には、星の配置を示す図と、さらに小さな文字で説明が書かれていたが、その内容はどれも意味が分からなかった。
「未知の軌道……?」
ユウキはその言葉を何度も反芻し、思案する。
「これ、円盤と関係あるよな」
「円盤?」
ナナが怪訝そうに顔を上げる。ユウキは頷き、手元の紙をしっかりと握りしめた。
「父さんが残した証拠だ。これが何を意味するのか、もっと調べないと」
二人は再び暗い部屋の中で、次に進むべき道を見極めようとしていた。