1.帰宅と不穏な兆し
ユウキは、リュウゼン星の薄暮に包まれた街角を歩きながら、家路を急いでいた。足元の舗装道路に星の光がちらちらと反射し、まるで小さな宇宙が広がっているような錯覚を覚える。大通りを横切り、混雑した市場を抜けると、静かな住宅街が広がっていた。
彼の家はその一角にあり、外観は木造の温かみのある建物。帰宅するたびに感じる安心感が、ユウキの心をほっとさせる。
「ただいま。」
玄関を開けると、奥から母の声が返ってきた。
「おかえり、ユウキ。」
母の声は、いつも通り優しく、どこか穏やかだった。ユウキは靴を脱ぎながら、ふと玄関の周りを見渡す。家の中に漂う料理の匂い。部屋に飾られた小さな花瓶に生けられた花々。どこを見ても変わらぬ日常が広がっている。
「遅かったね、学校はどうだった?」
リビングに入ると、母がソファに腰掛けながら、ユウキを見上げていた。年齢を重ねているはずなのに、母の顔には疲れた様子がなく、いつも通りの温かさが漂っている。
「うん、まあ普通だよ。あ、今日はおばあちゃんから電話があったよ。」
ユウキは、上着を脱ぎながら母に報告する。母は少し眉をひそめ、表情を曇らせる。その微かな変化を見逃さず、ユウキは気づいてしまう。
「あ、そう…おばあちゃんは元気そうだった?」
「元気そうだったよ。だけど…また、父さんのことを聞いてた。」
ユウキが、わざと軽い口調で言ったとき、母の顔に一瞬の影が落ちる。その瞬間、ユウキは胸に不安を感じた。
「また、父さんのことか…」
母は、少しだけため息をついてから、顔を上げ、穏やかに言った。
「ごめんね、ユウキ。お父さんのこと、なかなか話すことができなくて。」
ユウキは、ちょっとだけ首を傾げた。母はいつもそう言って、父のことを避けるようにしている。彼の中で、父が行方不明になったことの真相が、どうしても明確にならない。周りの人々は、事故だと説明するが、ユウキはそれを信じられなかった。
「でも…今日はなんか変だよ。」
ユウキは、母がキッチンに向かう背中を見送りながら、自分の心の中で呟いた。おかしい。何かが違う。母の態度、言葉の選び方、すべてがどこか不自然だった。
「お腹空いてる?」
母が食事の準備をしながら声をかけてきた。
「うん、ちょっと。」
ユウキはリビングのテーブルに座りながら、ちらりと母の方を見た。母は手早く料理を作りながらも、どこか落ち着きのない様子で動いている。普段なら、こんなに焦ることはないのに…ユウキの心の中で、何かが引っかかっていた。
「ねぇ、母さん。」
ユウキは少し声をかける。母が何かをした後、ふと振り返った。
「どうしたの?」
「父さん、まだ帰ってこないの?」
母は手を止め、ユウキの目をじっと見つめた。目の奥に、見えない何かが渦巻いているような気がした。
「そうね…今日は遅くなるかもしれないわね。でも、もうすぐ帰ってくるわよ。お父さんも忙しいから。」
ユウキはそれを信じたくない自分がいた。父が帰ってこない理由、そして母がそれを隠そうとする理由が、だんだんと明確に浮かび上がってくる。しかし、そのことを母に言う勇気はまだなかった。何かが、彼の心の中で確信に変わろうとしていた。
ユウキはただ静かに、母が出してくれる夕食を待った。