百合小説【第60話】触らぬ神と
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「考えようって何をですか」
「お母さんをどうやって納得させようかなぁって。」
「もういいですよ、触らぬ神に祟りなしって言うじゃないですか」
心の中で小さくため息をつく。ママを説得する話題になるたびに、どう立ち回ればママの機嫌を損ねないかと、その内心ではと怯えが混ざっている。
「そりゃ確かに言うけどさ、」
「火に油を注ぐようなもので…とにかくママを怒らせなければ何もないんです、今回もそう。嘉陽田さんがこんなことしなければ」
「さっちゃん、言葉うつってる」
嘉陽田さんに指摘されてふと我に返った。怒りと焦りの間で、また私が感情的になってしまったと小さく反省するが、頭の片隅ではまだ苛立ちがくすぶっている。
「あぁ…ごめんなさい」
「いいよ、気にしないで」
嘉陽田さんの返答を聞いて、少しホッとする。しかし、安心する反面、私もまたママの娘なのだと実感せざるを得ない。これからの不安と焦りをどう対峙すればいいかが分からない。
「まさか付き合ってなかったなんて」
「幸代さん」
エプロンを外して、髪を解いた幸代さんが、私たちが座っている席の前に歩いてきた。
「仕事は…」
「お父さんに代わってもらったのよ、もう時期切り替えあるしねぇ〜ここいい?」
幸代さんが、先程までママの座っていた席に座る。先程のピリついた緊張感とは違い、こちらは安心感があり体が軽くなるような気分になった。
「幸代さん的にはどう思います?」
「そうねぇ…そう理解してもらえるようなことではないからねぇ」
それはそうだ、ママは特に自分の理解できないものに関して嫌悪感と拒絶を感じる。幸代さんみたいに、同性愛に関して理解出来る人もいれば、そうでない人もいて当たり前で…
「ですよねぇ…どうしたら…」
「難しいと思うよ。あの調子だと何もしないが本当にいいのかもしれない。」
「レズだってカミングアウトして、ここまで来たらある程度覚悟しないと難しいんじゃないかな」
この言葉に「覚悟」という言葉に息を呑む。この状況を正面から向き合おうとしていないのかを突きつけられた気がする。
「私は」
「嘉陽田さん、あなたは何もしない方がいいと思う。」
幸代さんが嘉陽田さんに釘を打った。今回の発端は全て嘉陽田さんだった事をある程度知っているのか察しているのか、嘉陽田さんの目を見て話した。何かをこらえるようにスカートを手で握り、声を発したか発してないか分からない声量で下を向いて返事をした。幸代さんがうっすらと微笑んで私の方に顔を向けた。
「小百合ちゃん、あなたがやるしかない。」
そう告げられた瞬間、今までにない強いプレッシャーを感じる。私が、私ひとりでママと対峙しなければならないという重圧が…