百合小説【第59話】優しさの代償
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「ママ…」
「小百合、あんたは黙ってな。」
そう言い放つママの声は冷たい。まるで鋭利な刃物のように、こちらの言葉をすべて断ち切るかのようだった。
「人には助けていい時とダメな時がある…」
「今は?」
「ダメに決まってんだろ」
ママは嘉陽田さんに視線を向ける。
「いいかい嘉陽田さん。いつまでもめそめそ泣いて、そうやって解決しようなんて考えたら、いつまでも中身がない大人になるよ」
「…はい。」
魂が漏れるような、掠れた返事だった。嘉陽田さんは袖で涙を拭い、メイクが崩れた顔を少し隠すようにうつむいた。そして、しばらくしてから深く頭を下げた。
「…すみませんでした。改めて、度が過ぎていたかもしれません。」
「別に責めようと思って話したわけではないけど。」
「でも、娘さんを振り回していたのは、事実です…。その…舞い上がって、つい…」
ママの視線が鋭くなる。
「見た目だけは立派だけど、中身は酷い性格してるわね」
「ママ!」
薔薇の棘のような言葉の一つ一つが、嘉陽田さんの心に深く突き刺さるのが分かる。それをただ見ていることしかできない自分が、無力に思えた。
「小百合はさ、この子の何が好きなわけ?」
「それが分からなくて。」
「はぁ?」
何度聞かれても、その答えは見つからない。ただ一緒にいるうちに、一緒に過ごした時間とともに、形容しがたい感情が積もっていった。ただそれだけだ。
「私が持っていないものを、嘉陽田さんは持ってて、逆に嘉陽田さんが持ってないものを…あー、どうなんだろ。」
「そこは言いきってよ。」
嘉陽田さんが鼻声混じりに肘で私の脇腹をつつきながら、猫背の姿勢で顔を覗き込んでくる。
「あるの?」
「私が落ち込んだとき、ちゃんと支えてくれるし、人の扱いが上手いし。今日の学祭だって、子どもたちにずっと懐かれて面倒を見てたし、すごく優しい人で…。」
「優しいって、何の取り柄もない人が言われるセリフじゃないの?」
「娘さんのこと話してるんですよ!」
嘉陽田さんの声が次第に熱を帯び、バッグから学祭のパンフレットを取り出してママに差し出した。
「全然そんな人じゃないです!クラス内の暴力事件を沈めたのも、この子です!学祭のパンフレットだって、ほとんど彼女が作ったんです!これ、見てください!」
「けど、それで入院したら本末転倒じゃない?」
それは確かに事実だ。学祭の準備中、私は体を壊し、最後まで責任を果たせなかった。けれど、嘉陽田さんは反論を続ける。
「それでも、この子はやるときはちゃんとやるんです!最近、自分から人と話すようになったんです。前までトイレでご飯を食べてた子が、今では輪の中に入って、友達と一緒に食べてるんですよ!」
「もういいよ。勝手にすれば?」
ママの口調はさらに冷たくなる。
「でも、後悔するのはあんたでしょ?『付き合わなきゃよかった』って後で言っても、私は知らないから。」
そう言って、ママはバッグから財布を取り出し、テーブルにお金を置いた。
「…あんたなんか産まなきゃよかった。」
「訂正しろよ!」
嘉陽田さんの叫びが店内に響く。
ママが捨て台詞を残して店を出ていった後の静寂が、嫌でも心に重くのしかかった。
「…いいよ、ね。仕方ないよ。」
「はぁ…。」
私が嘉陽田さんの手を引き、店を出る準備をする。
「それで、ここからどうする?」
「どうもこうもないですけど」
「録音しといた。」
「え?」
「ボイスレコーダー、買っといたんだ。スマホ壊れるの多いしね」
「使えるんですか?」
「これから考えよう」