百合小説【第5話】〜昔通ってた喫茶店で〜
誰もいない教室で私たちは宿題をやっている。
「嘉陽田さんは…その…どうして1人なんですか?」
「あー私?修学旅行ビザ撮り忘れてて…えへへ」
先程の先生の対応で嘘か誠か分からない。
「おっちょこちょいなんですね」
「まぁそれ以外にもあるけどねぇ」
ビザとかではなく、ひょっとしたら朝ドラなどに関係があるのかもしれない。
「女優業ですか?」
「誰か言ってた?」
「秘密です」
嘘を付くのは苦手な方なので、あえて言わないことにする。
「参ったなぁ…まだ誰にも言ってないんだけどなぁ…内緒で頼むよ?」
少し困惑したがそのまま宿題を続ける。教えて貰って入るが先程の話で解説が右から左に流れていく…ミスも増え始め興味もないせいか退屈になってきた。
「にしてもよくこの高校入れたね?英語やばくない?!」
「私…中学から上がってきたから…使わなかったから英語…そんな得意じゃなくて…」
「なるほどなるほど?」
「嘉陽田さんは?」
「高校受験、とはいえ9月入学ですけども☆」
「9月入学…って倍率7倍率とかあるよね…」
渋谷国際大学付属新宿中学高等学校。自分で言うのもなんだが、うちはかなりの進学校である。30年前に渋谷、新宿、千葉市に出来た私立ではあるが、学問系のオリンピックがほぼ毎年表彰があるような環境だ。
「うち天才かも?わたくし、花も恥じらう乙女でして」
「自分で言うものじゃないかと…」
日が沈み、深い闇に包まれたガラス越しの世界。そんな夜に、蛍光灯の光を浴びながら黙々と課題を進める。ドアの擦れる音が聞こえ青い服の警備員が私たちの空間に入ってきた。
「鍵締めに来ました」
時間を見ると7時を過ぎている。ママにまだ遅くなるという連絡をしていないし、いつもはバスの帰宅ラッシュ前よりも帰っていたので、この時間に学校にいることが高校上がってから1度もなかった。
「どうしますか?」
「うち…来る?」
軽い、まだ1日も経ってないのに対応が颯爽としていて清々しい。
「いえいえいえいえそそんな申し訳ないですよ」
「宿題」
「あ…………」
かと言って今から家に帰っても1人ではやらないだろうし、帰宅ラッシュに30分も揺られるのを想像するとさすがに堪える。頭を巡らせてひとけのない静かなお店を探した。
「か、カフェ…行きませんか…?」
「あららぁ♡さっちゃんからのお誘い…?これって私達おデート?」
「違います…」
この人はすぐ軽い発言をする。ナンパ師…と最初に思っていたが、中身はおぢさんなのかもしれない。表情の豊かさから顔文字と絵文字か脳内で羅列される。
高校の帰りは神楽坂駅を使う。閑静な通りで、特に牛込中央通りは落ち着いた雰囲気の店が多く帰りに寄り道したりもする。もちろんセルフレジのある店のみだ。
「なんて名前?」
「時和庵ってお店です」
同級生の両親が経営しているお店で、学級が別れる前は帰りによく訪れていた。最近は会う頻度も少なく前ほど行かなくなっていた。
そんなことを思い出しながら、路地に入り慣れ親しんだレトロな看板が見える。
一緒に来たものの、同級生以外と一緒に中に入るのは初めてで、ドアの鈴を鳴らさないくらいの速度でゆっくり開ける。
「あら、小百合ちゃん久しぶり!そっちはお友達?」
友達のお母さんの幸代さんだ。背中にかかるほど長かった髪が、肩にかからないくらいの長さになり新鮮さがある。服はいつもの猫の刺繍入った黒いエプロンだ。
「おとも…」
「だちの嘉陽田です!」
続くように嘉陽田さんが私に代わって答える。
「だよね」
私はこくりと頷いた。いつもなら店内奥のテーブルを使うが、嘉陽田さんについて行く形で入口正面のカウンターに座る。
「小百合ちゃんいつもの?」
「はい、嘉陽田さんこれメニューです。」
テーブルに立てられたメニューを見せる。ラミネートされた黒背景のメニューと、手書きのを印刷した本日のメニューが置かれている。
「いつもの頼んでるのってどれ…?」
「イタリアンローストのエスプレッソ、ミルク多め砂糖たっぷり」
まるで二郎系の呪文のように幸代さんが答える。中学入学時にブラックを飲んで以降ここの店ではこれを頼む。
「それ味…の前に糖尿病とか大丈夫?」
「まぁ」
「私はカフェラテ…アイスでお願いしま〜す」
カウンターで幸代さんが準備をし始め、丸い椅子に座りながらその工程を眺める。後ろに壁がないとT○itterや5○ゃんねるなどを開きづらい。
「まさか小百合さんからねぇ…意外」
小さめのカップを取り、専用の機械から雫が落ち、時間をかけてエスプレッソが注がれていく。
「宿題を教えて貰っていて…学校追い出されちゃって」
「英語?」
「あははは…」
「前からだったんだぁ」
「この子よく英語の時だけ休んでて大変だったのよ、修学旅行海外だったんだんだけど『外国の人怖い』って、それでこの子だけ教室で先生とマンツーマン」
「今の私と同じじゃん!英語なら!私が盾になってしんぜよう。」
「いいお友達持ったわねぇ」
そう言われて不器用に愛想笑いをして返した。
「うちの子は芸術学系だから英語そんなに使わないと思ったんだけど、修学旅行がフランスでねぇ」
「セレブですなぁ…これが渋新…」
「嘉陽田さんだっけ?」
「かよちゃんで大丈夫です!」
「かよちゃんどこの学系?」
「国際です」
「あら、そうなの?すごいわね」
「いえいえそれほどでも〜」
「瑞稀ちゃんは予備校ですか?」
「そうそう、受験まであと1年だから本腰入れたみたいよ」
「さっちゃん先輩とも仲良いんだ意外」
「いや…その」
「同い年なのよ」
「え?」
「え、」
「ん?」
「さっちゃん今年何歳?」
「17…」
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