百合小説【第4話】嘉陽田さんって一体何者?
床の擦れる音と共に、円を囲んでいた生徒が嘉陽田を奇異の目で見る。
「失礼します、国際学系1年の嘉陽田です。影井さんに分からないところ教えて貰ってたらつい…」
躊躇なく嘘を吐いた。その嘘に濁りはなく動揺もなかった。
「わかった、それで影井は」
「さっちゃん、おいで」
「は、はい」
嘉陽田さんの背中から顔を見せる。私よりも背の高い嘉陽田さんという盾に少しの安堵していた。
「次は無いからな。君は…なぜここにいるんだ?」
「なぜって…さっちゃん心配で、臆病な子なので」
「そうじゃなくて国際は今修学旅行中のはずだぞ」
嘉陽田さんが1人だったのはそういう事か。
「訳ありでして…あ。授業忘れてた…すいません先生先に行かせて頂きます!」
「まて!まだ話は!」
床を蹴る音は徐々に遠ざかっていく。
授業に無事混ぜてもらい、遅刻は…どうなったかは有耶無耶である。
解剖実習は本当にアザラシで、お腹を向けて透明なビニールを敷いた床の上に置いてあった。
豚の解剖と違い、かなり特殊な物なので大学の教授と何人かの大学生が解剖実習に参加していた。
「影井さんあの人と友達なの?」
「ひぃ!」
解剖実習で班になった人に話しかけられた。
「ごめん驚かせるつもりとかなくて、知り合いなのかなぁ…って。」
「その、ほんとたまたま知り合っただけで友達とかでは」
「ほんと美人だよなぁ、あの人にサイン貰いたくてさぁ」
「サイン…?」
サイン…?モデルとか何かやってるのかな。
「女優やってるんだよね、最近とかだと時代劇とかやっててさ…そうそうこれこれ」
男の子はスマホを取りだし、江戸時代ような世界観の中に映る嘉陽田さんの画像を見せてきた。
「初めて…知りました。」
「俺も演劇やっててさ、この隣にいる朝霞悠真って人が『漢』って感じがして尊敬できるんよね」
情報量の洪水、画像にはキスシーン目前の嘉陽田さんが写っている。女優をしてたのも知らないことばかり。彼女は私に何もそんなこと言わなかった。
「ごめん俺ばっかり話しちゃって 。為井です。」
「いえいえ、影井です。」
「知ってる知ってる女子少ないもんさ!それにほら、苗字お互い井が付いてんの」
「ほんとだ、確かにそうですね」
アザラシの解剖は各班がやることを決めてから、解体作業に取り掛かった。
私たちの班は解体作業で、カッターを使い、その肉を割いていった。内蔵を割いた後の臭いは知らない方が良かった。今後アザラシ幼稚園をどのような目で見ればいいのか既に分からない。
約3時間にわたる解体作業が終わり、沈みかけの夕日が教室に光を刺している。その後は大学の学生達が引き継ぎ、各々がレポートを書き終えその場で下校する形になった。少し手に生臭さ残る。殺めてしまったような罪悪感も残しつつ、帰ろうとした。
あの人男の子が言っていた嘉陽田さんの話。今でも少し気になっている。そういえば『放課後また遊ぼう』と言っていたような気がするが、彼女はまだいるだろうか?宿題も後3日後になんて…嘉陽田さんに頼るしかないのかもしれない。
嘉陽田さんとは何者なのだろうか、頭の中で考察するも何も分からなかった。
もしかしたらと国際学系の方にある教室に向かいながら嘉陽田さんについてSNSで調べていた。しかし、本名だからかそれに関することは一切出てこなかった。試しに男の子から聞いた『朝ドラ 時代劇 朝霞』で調べると、時代劇よりも先に『監督 高橋 映一郎 朝ドラ女優などにわいせつな行為を加え逮捕、暴露系YouTuberがリーク』という記事が先にヒットした。そこには朝ドラの放映中止と言う内容と共に、被害者の名前に白石甘里という名前があるが多分嘉陽田さんのことだろうか。
「さーーーっちゃ〜〜〜ん」
イノシシのように後先考えず私に突き進んできた。ハグしようとしたのだろうが、止まることはなく私の体が嘉陽田さんの体全身で殴られた。アクロバティックに後ろに周り私を支えてくれる。
「怪我ない?…ついつい嬉しくて」
嘉陽田さん手は私の腰に添えられたまま見下ろす形で私を見つめてくる。
「いや…大丈夫」
嘉陽田さんの一連のことが事実だとしたら、私は少し怖くなった。彼女とどう接すればいいのか、守りたいなんて言えるようなほど気も力もなく、避けるように目を逸らした。
私は何事もなかったように装い、彼女と宿題を始める。
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