百合小説【第1話】目の前の陽キャは悪い人じゃないのか?
8月と9月には見えない壁があると思う。仰々しく鳴いていた蝉も、9月に入るとコオロギの1人泣きが四方八方から聞こえ、季節の変わり目を耳で感じる。
「宿題回収するから後ろから集めてください」
夏は日光を避け、そのほとんどを家で過ごした。英語課題は何一つ分からない上に答えも高校に回収されている。私に「この問題教えて欲しい」なんて聞ける相手は、クラスは疎か家族にすら聞けてない。
「影井さん」
それに加え私は高校を1年留年しているため2回目の1年生2回目の二学期が始まった。今まで乗り物1つ乗らずに済んだ中学生活とは違う電車通いが嫌になった。都内の通勤ラッシュは、女性専用車という特権を使っても尚人が軍艦巻の米のように敷き詰められている。バニラ系の甘い香水を着けたOLと、女子学生の輝かしい光に私は勝てなかった。
「おーい影井さん」
「ふぇ…あ…ひ…………?」
考え事にふけると物事が見えなくなる。いつから声掛けられてたんだろう。
「宿題、前に回して」
声は裏返り、その恥ずかしさのあまり返事はせず前の人にそのまま渡した。
「宿題出してないやつは3日待つから、それまでに先生に直接渡すように」
あと40ページもある…終わるはずがないって。
私は理数学系であり、周りは男子ばかり。男子ともまともに話せず、実験やグループワークでも会話はできず、空気のような存在だと思う。食堂は入学当初使っていたが、人の多さと眩しさで失神を起こし、以降は校舎裏のトイレで1人ご飯を食べている。そこの棟は理系学級の校舎から遠いことが欠点だけど、誰もいないことに安心する。
トイレご飯に向かう途中に、素行の悪そうなギャルが前から歩いてきた。金髪で、胸元を魅せるような緩い着こなし、校則違反スレスレの短いスカート。さらに宝石のような桃色のネイル。こっちは校則違反だ。
「あれれ〜その服リケジョちゃんだ〜」
動揺してコンビニで買った菓子パンを落とした。この人は明らかに私に話しかけている。新手のナンパ師か、住む世界が違う生き物が目の前にいる。
「あ、えぇっ…と」
私が落とした菓子パンを拾ったものの、彼女はそれを返してくれない。怖い、この場から離れたいと思った矢先に左肩に手を添えられた。
「お昼1人なの?寂しくない?」
「えっええ…」
「一緒に食べたげる」
「・・・えっ?」
秋の校舎から季節外れの凍てつく風が吹く。もしここで拒否したら私はどうなるんだろう。まるで脅迫を受ける被害者の気持ちだ。
「あわわわわ」
「2人ならいいっしょ?」
違う、そうじゃない。1人でご飯を食べたいのであって
「じゃあ行こっか」
押し切られる形で進んでしまった。
「私は杏里、嘉陽田杏里!国際学系の1年!名前は」
「影井です」
「なーまーえーはー」
なんだこの生き物。
「小百合です」
「さっちゃん!可愛い!よろしくね!」
「嘉陽田さん」
「あんりちゃんでいいよ」
「嘉陽田さんお願いが」
「手強いなぁ」
「宿題…手伝ってくれませんか」
「ブックマーク」や「いいね」、さらにページ下部の『評価』をいただけると作者の励みになります。ぜひ応援をよろしくお願いします!