第七話 来年こそは
「えっと……ここはとりあえず、冷静な返事を書かなきゃ」
玲子は深呼吸して胸の鼓動を落ち着けた。
『帰宅途中なんですね。遅いから気をつけて』
続けて『おやすみなさい』と打ち込んでいると、追加でメッセージが入った。
「……え?」
今度は玲子の頬が熱くなる。このタイミングで家族が部屋に入ってきませんように、と切に願う。
「本当に?」
たった一言の文章を、玲子は何度も読み返す。
武彦からのメッセージは、とても信じられない内容だ。
『来年は、ふたりで行こうね』
「ちょ、待って。ふたりでって、ふたりきりで?」
玲子は両手で口元を覆い、目を見開いてメッセージを凝視した。
まちがいない、ふたりで行こうねと書いている。
同時に、親衛隊のメンバーが自分を囲んで吊し上げる場面が浮かんだ。
「こ、怖いよぉ」
ふたりきりだなんて、早とちりだ。彼女たちも一緒に違いない。
いや、いくら熱狂的な武彦ファンでも、実家まで押しかけてこないと思う。
でも彼女たちのほとんどが高校時代からのファンだ。
「ということはつまり、武彦先輩の実家も知られているのかな。じゃあその気になれば、いつでも会いに行けるの?」
里帰りしてまでも親衛隊に囲まれ、途方に暮れている武彦を想像する。
「人気者も大変ですね」
そんな人を好きになった自分は、もっと大変だ。玲子は苦笑しながらもう一度メッセージを読んだ。
「ふたりで……か」
今だけはこの言葉を信じておこう。
大勢の中のひとりではなく、特別なひとりになれるかもしれない。
『一緒に行きたいですね。
ふたりきりですか? 親衛隊に秘密にできますか?
まるでデートですね。そう考えただけで、あたし、嬉しくてたまりません。
いますぐにでも会いたいです……』
たくさん言葉が浮かんできた。でも入力しては消すことを繰り返す。そして最後に、
『素敵ですね。来年が楽しみです。おやすみなさい』
伝えたいことはたくさんあるのに、結局平凡なことしか書けなかった。
言葉にした途端、陳腐で使い古された表現になってしまい、率直な思いを伝える自信がない。
でもひとつだけ解ったことがある。
玲子にとって武彦は、特別な人だ。
いつか自分もそんなふうに思われたい。
武彦の特別な人になりたい。
いつか、素直な胸の内を伝えられたらいいのに。
『おやすみ。また明日』
間髪入れず、シンプルな返事が届いた。いつもの口下手な武彦そのままだ。
武彦から届いた花火の写真を、玲子はスマートフォンのロック画面に設定する。
だれのためでもない。自分ひとりのために写してくれた、夜空に咲いた光の花だ。
レポートの続きに取り組もうとして、玲子は教科書の文字を追いかけた。でもさっぱり頭に入らない。
勉強どころではないと気づいて机から離れ、窓から夜空を見上げる。夏の夜空に、アルタイルとヴェガが輝く。
潮風が火照った玲子の頬を冷やすが、胸の鼓動は収まらない。
今夜は眠れそうにない。そんな予感のする夜だった。
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