第六話 後悔とサプライズ
玲子は背中を丸め机の前に座った。
香澄との会話が影響して調子に乗りすぎたせいで、こんな結果を招いた。
初恋の人とつきあっている姿に釣られ、「あたしも」という気になった自分に後悔する。
スマートフォンを充電させると、教科書を開く。
気持ちを切り替えてレポートに取り組んでおこう。
好きだ惚れたと浮かれているのもいいが、目標である教師になるための勉強は手が抜けない。
武彦も教師を選ぶのだろうか? それともバンドメンバーとともに、プロのミュージシャンを目指すのかな。
武彦たちのバンドがプロになったら、ますます特別なひとりから遠のいてしまう。
「もしそうなったら……あたしはどうなるんだろう?」
芸能人と一般人。
住む世界が異なってしまえば、間違いなく距離が広がってしまう。手を伸ばしても届かないほどに。
「そしてあたしは、武彦さんの元後輩、か」
ライブに行っても気づいてもらえない。
熱狂的なファンに囲まれているのを遠目で見るしかできない自分がそこにいる。
でもアルバイトをしながら細々と活動をしている姿より、大きなステージでスポットライトを浴びている姿を見たい。
たくさんの声援を浴びで輝いているところを応援したい。
身近な人でいてほしい気持ちと人気者にもなってほしい気持ちが、玲子の中でぶつかる。
「あ、そうだったのね」
武彦につきまとう親衛隊は、スターと身近にいたい人たちの集まり、つまり今の玲子と同じ思いを抱いている集団だ。
彼女たちの気持ちに共感できる日が来るなんて、予想すらしなかった。
「でも、あの態度はないんじゃない?」
武彦と会話するたびに嫌がらせをされれば、気丈な玲子でも身が持たない。
それでも懲りずに武彦と一緒に過ごしたいのは、結局のところ好きだからだ。
「どうして今まで気づかなかったんだか」
玲子は苦笑しながら、シャーペンを手にした。
そのタイミングで、またスマートフォンにメッセージが入る。武彦からだった。
『電車を乗り換えていたから返事が途切れてごめんね。きれいな花火を喜んでもらえてよかった』
「なんだ。スルーされたんじゃなかったのね」
さっきまでの緊張がウソのように、玲子の気持ちがほぐれた。
『花火大会は人がたくさんいて賑やかだった。こんな人混みにひとりで来るもんじゃないね。
群衆の中にいると、かえって孤独感が強くなるよ』
「え、先輩、ひとりで出かけたの?」
玲子の動悸が激しくなる。
たしかに武彦は大勢で行動するのが苦手だ。だがひとりで出かけるのを好むタイプでもない。
少なくとも玲子は、誰かに誘われてやっと同行する人物だ、というイメージを持っている。
「あたしに写真を送るために、わざわざ出かけたの?」
いや、それは考えすぎだ。都合のいい考えや淡い期待はやめよう。
目が覚めたときにつらくなる。高校時代の失敗は繰り返したくない。
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