第98話 質問会 (4)
次の瞬間、俺は、間抜け面の男子と美少女女子が2人して図書館の入り口でなぜか照れているという、人目につき過ぎるシチュにあることに気づいた。
どう考えてもやばいって。小山内はつい最近の表彰のことで上級者にも顔が知られちゃってるし。
「小山内、とりあえずここにいても仕方ないし、図書館から出ようぜ。」
小山内は、顔を伏せたまま小さく「そうね。」と言ってスリッパ置き場の方に動き始めてくれた。
俺は小山内の後ろを追って、できるだけ図書館の中にいる人の視線から小山内を遮るように動く。
もう今から図書館に来ようって奴がほぼいないことが幸いして、挙動不審な俺たちに視線を向けたのはあまりいないようだった。
ふう。
図書館から出た俺は、小山内と連れ立って校門を出る。小山内の返事をちゃんと聞いてないが、嫌だったら小山内ならそう言うだろうと考えて、何も言わずに駅とは反対方向へ足を向ける。
小山内は何も言わずについてきた。
さすがにもう顔は伏せてないが、まだ顔はちょっと赤い気がするし、唇はまだきゅっと締まったままだ。
お陰で、というか、本来がちがちになるはずの誘った俺が割と冷静になってしまった。
「小山内、おまえがそんなふうになると変に意識してしまうじゃないか。」、なんて思っただけで口にしない分別もできた。
そのかわりにこう口にする。
「さすが進学校だな。図書館がいっぱいになる程勉強する人がいるなんてな。」
これも何度も言ってるが俺はヘタレだから、これが精一杯。
というか、こういう当たり障りのない話題から凍りついた空気を溶かそうってのは、ヘタレというよりコミュ力と言うべきだろ、なんて心で言い訳するあたりがヘタレだな、もちろんわかってるぞ。
「そうね。」
小山内、ちょっとでいいから解凍に協力してくれ、いや、してください。
「あとは教室とかでやってる人を加えたら、普段より放課後に学校に残ってる人は多いかもな。」
もちろん、俺は適当に言ってる。
「そうね。」
まだ声が少し硬めだ。
だが、小山内はちょっと考えて付け加えた。
「でも、私が出た時には私たちの教室にはあまり残ってなかった気がするわ。」
「そうか。」
あ、俺が会話を切ってしまった。
無理に話題を作ろうとするからだな。
それよりもっと俺は小山内に言わないといけないことがあった。
俺は並んで歩いてる小山内にきちんと顔を向けて言う。
「小山内、ノートのコピーありがとう。」
やっぱりこういうのは、直接目を見て言わないと。
「あの量を1日でコピーしてくれるの大変だったろ。」
「うちのすぐ近くにコンビニがあるから、そう大変じゃなかったわ。」
「でもきちんと科目ごとに付箋つけてくれてたし。」
「まあ、そうね。うん言われてみたら大変だったかも。」
そう言って小山内は何か悪戯を思いついたような顔つきになった。
「大変だったから、何か甘いものも食べさせて欲しいわね。」
そう言うと小山内は俺の顔を笑顔で覗き込んできた。
「どう?」
「いいとも。もちろん。」
「あのお店のパフェ美味しそうだったの。」
「あのメニューに載ってたやつな。美味そうだった。」
「でしょ。」
その言葉で、俺は前回、あのカフェに行った時、小山内が「ケ パ サ サンドイッチ」と言ってたのを思い出した。パってのがパフェだったはずだが、小山内はケーキも食べたかったんじゃないか?
「でもケーキも美味しそうだった。」
「そうね。んー、ケーキも美味しそうだったわ。」
「両方食べてみるか?」
小山内は顔を輝かせ、だが、すぐに首を横に振った。
「家で夕ご飯を食べなきゃならないから2つはだめ。どっちかひとつにしないと。」
すごく残念そうだ。
うーん、俺なら2つとも食べても夕飯を食べる自信はあるが、小山内は女の子だからな。
その時、俺の頭にあるイメージが湧いてきた。
マンガなんかでよくある、一口くれっ、ってあれだ。
マンガなんかじゃ一口と言っときながら、がっつりいってしまうという様式美に満ちたオチがつくアレな。
「じゃあ、俺はケーキにするから最初に一口食べてみろ。」
「え、いいわよ。」
断ってきた小山内の表情は、ひいた、って感じではなくて、そういう経験がないので戸惑った、って感じか。
「遠慮しなくていいぞ。みんなやってることだし。」
もちろん、俺は小学生時代にしか経験してないが。
「そうなの?じゃあ、少しだけいただくわ。」
小山内は笑顔に戻って俺の提案を受け入れてくれた。
そのあとすぐにカフェについて、小山内は早速パフェを選びはじめた。
「このフルーツパフェ美味しそう。でもチョコレートもいいし、イチゴのパフェもかわいいし。」
メニューに載ってるパフェの写真を見ながら幸せそうに呟いてる。
もうちょっとで俺の分のケーキも選んでくれって言うのを忘れるところだった。
主体性がないとか言うんじゃないぞ。今回は小山内にケーキも食べてみてほしいから特別だからな。
ちなみに俺はフルーツ系のケーキが好きだから、自分で選ぶんならそっちだ。
「小山内、俺はこういうところに来たことがほとんどないから、よかったら俺の分のケーキも選んでくれ。」
もちろん見栄を張った。
女子と2人でカフェなんて、もちろん生まれて初めてだし、それをちょっと横に置いといたとしても、フルーツの乗ったケーキってなんとなく子供っぽい気がしたからな。
小山内があれこれ迷いながら選ぶのを俺は眺めてる。こういう小山内はほんとかわいいな。
時が経つのを忘れそうになる。
「じゃ、私はチョコレートのパフェにするわ。あなたはブルーベリーのタルトはどう?」
選んでくれたのがすごく大人っぽい。「どう?」も何もない。
「ありがとう。それにするよ。」
「そう。じゃお願いするわね。セットにする飲み物考えておいて。」
パフェを選んでいた時と違ってテキパキと進める小山内。
こういう小山内もかわいい。
さっきから俺は何を言ってるんだろうな。
俺はここに…
忘れてた。小山内のノートの質問をしに来てたんだった。
俺は小山内のチョイスにアイスティをセットで頼み、小山内はアイスカフェオレを頼んだ。
頼んだものが運ばれてくるまで、俺はうわついた心になってたことを反省し、「運ばれてくるまで、質問いいか?」と尋ねて、早速ノートのコピーを取り出して質問開始。
ちなみに俺の「質問いいか?」に一瞬きょとんとした小山内もかわいかったし、ちょっと慌てて「そ、そうだったわね。」と言った小山内もかわいかった。
繰り返すが、俺はさっきから何を言ってるんだろう。
とりあえず、俺のために時間をとってくれた小山内の期待を裏切らないようにしっかりと準備してきたことを活かして質問をしていく。
直接会って聞くと、わからなかったところがすっと頭に入ってくる。クラスの頭のいい奴らが先生のところに質問しに行くのはこれが理由か。
そのあと、小山内が運ばれてきたパフェを満面の笑みで堪能して、俺のケーキに遠慮がちに手を出して、その日の質問会は終わった。
駅まで楽しくおしゃべりしながら帰ってきて、そのまま「じゃあまた明日。」とだけ言って別れるのが、とても満たされない気分になった俺は、もう少しだけ話をしたくなった。
「小山内、ありがとな。」
「気にしないで。私もご馳走になっちゃったし。またわからないところがあったら言ってね。今日みたいに準備してくれてたら、私も助かるわ。」
「ああ、そうする。まだ小山内のノートで勉強するところいっぱいあるから、たぶんまたお願いすると思う。」
「じゃあ次はフルーツパフェね。」
そう言って小山内は明るく手を振って、「じゃあまた明日!」と帰っていった。
テストまでにもう一回小山内への質問会があって、小山内は予告通りフルーツパフェを頼んだ。
おかげで期末テストも危なげなくはないが、ある程度余裕と自信をもって乗り越えることができた。
そして、俺がそのことに気づいたのは、期末テストが終わってからだった。
俺が気になる女の子と2人だけで勉強会というラノベやマンガでしかありえないことを現実にやってたことにな。
くくう。