第97話 質問会 (3)
当たり前だろうけど、俺がわからないところって、一つだけじゃないんだよ。
そうじゃなかったら赤点におびえたりしないしな。
小山内のノートをもってしても、詰まるところはまた出てくる。
どうしよう。また小山内に教えて貰おうか。
いや、とにかくわかるところまで自分で考えてみよう。
教科書や自分のノートや参考書もあるんだし。
という感じで、いくつかわからないところはつぶせた。
なんか勉強している実感がするぜ。
しかし、それでも、わからないところは出てくる。
うーむ。
しかたがない。小山内に、今聞いても邪魔にならないか聞いてみてから聞いてみよう。
早口言葉みたいになってしまった。
言いたいことと、俺のためらいはわかるだろ。
とりあえず、メッセージを送る。
「悪い。いくつか追加でわからないことがある。今から電話してもいいか?」
「わかった。でも、私も今は勉強中だから、明日まとめて聞くわ。放課後に図書館の入り口に来て。」
「ありがとう。」
ほらな、やっぱり小山内も勉強中だったろ。都合を聞いて良かった。
そういうことなら、明日までに、出来るだけ勉強を進めとこう。
俺的には手抜きなしに頑張って、その結果さらにいくつか質問が増えた。聞き逃さないように、小山内のノートに付箋を貼って何がわからないのかとかなぜわからないのかとかを書いたメモを作る。
いつもの寝る時間をかなり過ぎるまでやって、若干ハイになってきたところで我に返った。
寝ないと。明日授業中に寝たりしたら、小山内に気を遣わせるかもしれないし。
この作業をやって良かったところは、自分がどこがわからないのかがわかって、そんでもう一度参考書見たら自分で解決できたところがあったことだ。
な、ハイになるだろ?
翌日。
既に期末テスト1週間前の部活禁止期間に入ってるから、掃除が終わったらほとんどの奴はさっさと帰って行った。
だが教室に残ったのもちらほらいる。
何人かで集まって勉強会らしい。
ファミレスに行って勉強しようとか誘い合ってるグループもあったし、試験対策としてはよくあるスタイルなのか。
まあ、今さらまた言うことじゃないが、中学時代には誘ってもらうことは期待できなかったし、そのあたりはよくわからん。
ホリーは佐々木さんと渡部さんから誘われてたけど、2人が別々に誘ったせいで、ホリーは闘いの気配を察知して「僕は家で勉強する派だからさよなら!」と一息で言い残して逃げてしまった。
あの2人、一緒に誘えばホリーを仕留められてたのかもしれない。
俺はホリーが逃げ去るのを伊賀と一緒に見送り、そのあと伊賀が「じゃ僕も。」と言いながら帰って行くのを見送って、小山内に軽く頷いて図書館に向かった。
小山内にも昼休みに竹内さんから声がかかってたんだが、断っていた。
すごく悪いことをした気がする。
明日は小山内が心置きなく竹内さん達と一緒できるように、こんなことがもうないよう頑張るぞ。
俺が小山内を図書館の入り口で待ってる間に、入って行ったやつはほとんどいなかった。図書館は飲食不可だし基本は静かにしてなければならないから、何人かで試験勉強するにはあまり人気がないのかもしれない。
入学後のオリエンテーションで自習室もあると説明されたが、あくまで1人用のデスクが並んでるだけなんで、そっちでは勉強会はできない。
まあ、わからないところだけ静かに聞くだけだから、みんなのいるところでちょっとだけ教えてもらおう。
しばらく待ってると小山内が来た。
「待たせたわね。」
「全然。俺がお願いしたんだし。」
俺たちは、そのまま「誘われてたのに悪かった。」とか「みんなと一緒に勉強するのは苦手だから気にしないで。」とか話しながらスリッパに履き替えて図書館に入る。
あれ?
残りのスリッパが少ない。自習室を使ってる奴が意外に多いのか?
ドアを開けて入ると、まあなんということでしょう!人でいっぱいだ。
おいおい、なんだこれ?
小山内も想定外の光景に唖然として声もない。
俺は入り口で昼寝してたわけじゃないし、こんな数の人間が俺の前を通ったらいくら俺でもわかるって。
俺たちが入り口で戸惑ってると、俺の横を通り過ぎようとした3年生が声をかけてきた。
「小山内さんと俺くんじゃないか。こんなところで何を?」
「あ、緒方先輩。こんにちは。」
声をかけてきてくれたのは郷土史研の緒方先輩だった。
「ちょっと試験範囲でわからないところを小山内さんに教えてもらおうと思ったんですが。」
「ああ、それで図書館に。」
「ええ、そうなんです。こんな満員だなんて思いもしなくて。」
俺と小山内が代わる代わるした説明を聞いた緒方先輩が納得した、という顔で教えてくれた。
「図書館は試験前になると勉強会をしようって人達でいっぱいになるんだ。席取りは先着順だから、のんびりしてるとあぶれてしまうことになる。1年生だと知らない人が多いよね。」
そう言うと、緒方先輩は席を確保してた友人らしい人が手を挙げてるのに気付いて「じゃ。」と言い残して行ってしまった。
そうか、俺がきた時には席取りゲームは既に終わってたってことか。のんびり佐々木vs渡部なんて見てる場合じゃなかった。
「困ったわね。」
「ああ。」
「教室には誰かいそうだし、どこかいい場所は無いかしら。」
一瞬いつもの藤棚も考えたが、あそこはベンチしかないのでノートのコピーを広げられない。
「駅前のファミレスには誰か居そうだな。」
「ええ。うっち達がファミレスかハンバーガーショップに行くって言ってたから、避けた方がいい気がするわ。」
「じゃあ、駅とは反対方向だけど、あの歩道橋のカフェに行こう。お礼に奢るし。」
小山内は何か言いたげに俺をじっと見つめた。
「なんだ?嫌か?」
「そうじゃないわ。」
じゃあ、あれか?
「ちゃんと飲み物代とは別にコピー代も払うし。」
「やっぱりバカなのね、あんたって。」
小山内は少しむっとしたような顔でいきなりいつものセリフを吐いた。
いや、いくらなんでもいきなりそれはないだろう。いつも小山内が俺を呼び出すカフェに行こうって俺から言っただけで、なんでバカ扱いなんだよ。
…あれ?もしかすると、俺が小山内をお店に誘ったのって、もしかするとこれが初めてだったんじゃないか?
そう思い当たって、俺は頬が熱くなるのを感じ、なぜか狼狽してつい口に出してしまった。
「そうか、俺が小山内を誘うのって、これが初めてだ。」
「バカ。あんたなに口に出してるのよ。それに照れないでよ。」
いや小山内。おまえも顔を伏せたけど、耳たぶが赤いぞ。