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 第96話 質問会 (2)

俺の成績の話が蒸し返されたのは、帰り道だった。


今日の会議と調査のことを熱っぽく語ってた小山内が、急に思い出したように言い出した。


「そういえば、話しの途中だったわね。」

「何の?」

「あんたの成績のよ。」


いや、その話しはもう終わらせてくれ。

といっても、小山内のこの変な使命感みたいなのに満ちた目つきじゃ許してくれそうにないな。


「あんたが赤点をとったら人手が減るっていうだけのことじゃないのはわかってるわよね?」

「ああ。中世史研究会としてもみんなに申し訳ないし、薮内さん達にはもっと申し訳ないことになる。」

「よろしい。」


小山内はにっこり笑って人差し指を立てた。

おい、小山内、おまえなんか変なスイッチが入ってるぞ。


「だったらどうすればいいのかもわかってるわよね。」


何だ?このよくできたお姉さんがちょっとダメな弟に向かって言うようなセリフは。

まあ、お姉さんとか弟ってところを抜けば当たってはいるんだが。


「ああ、わかってる。試験勉強を頑張るさ。」

「でも、あなた中間テストも頑張ったのに危なかったのよね。」


小山内の記憶力がいいのは良いことだけど、そこは忘れて欲しかった。


小山内は「うーん。どうしよう。」とか言いながら考え始めた。

今さら、頑張ったのは頑張ったがちょっと手抜きをした、なんて言い出せない雰囲気だ。


次の瞬間、何かいいことを思いついた、とでも言うように、小山内はぱっと顔を上げてきれいな笑顔で俺を見た。


「あんたはきちんとやればきちんと結果を出せるんだから、頑張っても結果が出ないのは、やり方が悪いのよ。」


この流れは、まさか。

まさか、あのラノベや漫画でお馴染みの、一緒に試験勉強イベントか?

現実世界でそんなことか起こるのか?


「だから、私のノートのコピーをあげる。あんた、前に部活のノートにお茶碗の落書きとかしてたでしょ。きっと授業の時の集中力とかノートのとり方が悪いのよ。」


俺の落書きとか、よくそんな細かいこと覚えてたな。


というか、小山内のノートのコピーをもらえるという、増量肉壁3.0になりそうなラッキーイベントなのに、このやるせなさはどうだろう。


いや、俺はラノベの主人公でもなければ、現実世界でラノベのイベントなんてものが起こることなんてことがまずないのはわかってる。

わかってはいるんだが、小山内みたいな気が強いくせに優しくて頭が良くて結構悩んだりもするラノベのヒロインみたいな美少女と、俺みたいな超能力がなければただの男子高校生が、こんなありえねえ展開で絆ができるなんてな、そんなありねえことが実際に起こってるんだから、もしかするとって期待してしまうだろうが。


その葛藤が俺の表情に出てしまったのか、小山内はちょっと不満そうな顔になった。


「何よ。私のノートが信用できないの?」

「とんでもねえ。」


あまりに想定外のことを口にされたんで、なんか時代劇のお百姓さんみたいなアクセントで答えてしまった。


「何よそれ。」


小山内はぷっと吹き出した。

釣られて、言った俺も吹き出してしまう。


「じゃあいいわね。明日持ってきてあげるから。」

「ああ、ありがとう。」


なんか、俺も小山内も少し落ち着いた。


ゆっくり駅への道を歩く。

もう何度も小山内と一緒に通った道だけど、やっぱり小山内と一緒だと心が軽い。

横で楽しげに歌を口ずさんでる小山内も同じように感じてくれてたらいいな。

何もラノベ展開だけが青春じゃねえよ。



翌日。

俺はちょっと学習したんで、少し早めに学校に来た。

俺が「おはよう。」と言って教室に入るのを横目で確認した小山内は、俺が席に着くとすぐにずっしりとした質感の封筒を手にやってきた。


「おはよう俺くん。堀くんもおはよう。」

「おはよう小山内さん。」

「うん、おはよう小山内さん。テルに用?」

「そう。」


小山内は少し冷ための表情で俺に手にした封筒を差し出した。

見ると表にサインペンか何かの太字で目立つように「調査資料 歴史研究会より」

と書かれている。


「これ、資料だから。ちゃんと目を通しておいて。」


それだけ言って、小山内は用が済んだとでも言わんばかりにさっさと自分の席に戻って行った。

いや、これだけの量のコピーを用意してくれるのに、ものすごい労力とお小遣いを使ってくれたのはすごくわかるし、とても嬉しい。だが、嬉しいだけに、小山内の昨日の帰りとの態度の落差が大きすぎて凹む。

この教室での距離をなんとかできないものだろうか?


まあ今渡してくれたもののお礼を言うことくらいは別に問題ないだろう。


「小山内さんありがとう!」


俺は朝のざわめきの中でもしっかり小山内に伝わるように、はっきりと呼びかける。

その声に小山内は一瞬笑顔になり、それから即座に表情を消してなんの感情もこもってないように聞こえる声で

「ええ。」

とだけ答えた。


お互い目ではもうちょっとしっかりと、


「ほんと助かる!」

「ええ。しっかり準備するのよ。」


ってなやりとりはしてるんだが、せめて教室で笑顔で声に出してやりとりできるくらいの距離感にはなりたい。


俺はお礼を言ってから俺は封筒の中を覗き込んだ。

可愛い付箋に小山内の整った字で教科の名前が書かれているのが見える。それがA3で何十枚も入ってる。

昨日の今日で、こんなに?!


もうお礼は言ったけど、ちゃんとお礼を…いやそれよりちゃんとこれで勉強して、それからお礼だな。

あと忘れずにコピー代も渡さないと。


その日は特に何かが起こるわけでもなく、期末試験前ということでクラスの少し緊張感が出始めていた。

小山内からノートを貰ったことは、誰にも知られないようにしないと。



家に帰って早速小山内のノートで勉強を始める。

さすが小山内、要点を簡潔にまとめてあってわかりやすい。


わかりやすいんだが、自分のノートをとるときって、自分にとって完全に理解してる所は端折ったりして書くもんだ。

小山内のノートもそれがあって、暗記系科目なんかは俺のノートとか教科書と比べたらわかるんだが、数学とかは俺自身が授業中に理解してなくてノートがぐちゃぐちゃになってるところが飛ばされてたりすると、どうしてもピースが足りてないようになってしまう。

どうしようか。


明日、先生に質問に行こうとも思ったが、テスト前1週間は職員室への生徒の出入りが禁止されてて入っていけないし、授業前後はクラスの優秀な奴らが質問しに行くから、先生を捕まえられるかどうか微妙だ。


むむ、せっかく小山内がノートをくれたのに…


俺は、意外な盲点に困ってしまった。


…そうか、小山内に聞けばいいんだ!

小山内は理解して端折ってるんだから、小山内に聞くのがいい。


小山内も勉強中かもしれないとは思ったものの、それを言い出せば夕食中とか入浴中とか考えてどうせ聞けなくなるから、思い切って「ちょっと質問いいか?」とショートメールを送った。


しばらく待ってると小山内から


「いいわよ。ノートのこと?」


と返事が帰ってきたから早速質問しようとして、また困った。どう聞けばいいんだろうか?

小山内も手元にノートを用意してくれるとわかりやすくていいんだが。

なので、そう送った。


返事待ってると小山内から電話が。


「私よ。ノート用意したわ。どこがわからないの?」

「ありがとう。6ページめのとこなんだけど…」

「そこは…」

「その次の…」

「だから…」


って具合に、丁寧に教えてくれた。これ小山内のノートにピースが足りてないんじゃなくて、俺がその前のとこを誤解してたってことが判明して、理解できた。

小山内はノートだけじゃなく教え方も丁寧でわかりやすい。


俺は気分良く、そのまま勉強を続けた。


続けたんだが。

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