第94話 表彰式 (3)
そろそろ夕飯に呼ばれるころかな、なんて思いながら、俺はローカルチャンネルのニュースを視聴中だ。
交通事故のニュースから始まって、ネットニュースだと、社会とか経済タブで出てきそうなニュースがいくつか。
その最後にようやく、アナウンサーが、
「学校帰りの女子高校生がお手柄です。」
と始めた。
どうでもいいけど、ニュースだと週刊誌とかバラエティ番組とか違って「美人」とか「美少女」とか使わないんだな、と妙な感想。
要領よく事件の概要を説明した後で、スタジオの映像が録画に切り替わった。
お!あの後ろ姿は!
うちの高校の制服は、夏服に衣替えしたあとは後ろ姿だけじゃよその学校の子と区別しにくいが、すらっと伸びたきれいなスタイルの背格好は小山内そのものだし、スカートもうちの制服に見えるし、艶やかな黒髪だし、間違いない。
カメラは署長さんらしき制服を着た人に移って、その人の方に歩み寄る小山内の後ろ姿を追った。
聞いてたように、小山内の顔は映さないようだ。
署長さんの前に立った小山内は左手を髪に当てた。うん?髪が乱れてるように見えないが?
小山内の左斜め後ろからカメラが撮影しているので、小山内が手を当てているあたりが見える。
あ、あれは。
小山内が触れているのは、さくらんぼのヘアピンだった。
小山内は左手を降ろして、そのままさらに一歩前に進み、差し出された表彰状を受け取った。
アナウンサーの解説がそこにかぶさってきた。
「表彰された高校生は、『これは私だけの力ではありません、誰かを助けたいという想いを共有する人と一緒だったからできたことです。』と話しました。」
その後、天気予報があって、ニュースが終わった。
俺は素直に感動した。
いやほんとに。
あのアナウンサーが伝えた言葉だって、知らない人が聞けば、一緒に表彰を受けた店員さんを指してるとしか思えないだろうが、多分、あれは俺のことだろう。
小山内と一緒に人助けを続けるって決めて良かった。
俺はその思いでいっぱいになってしまって、思わず小山内にショートメールを送ってしまった。
「ニュース見たよ。ありがとう。」
ってな。
小山内からはすぐに返事が届いた。
「そう。」
とだけだったが、俺の「ありがとう。」に何も言って来なかったってことは、おそらく俺が思ったことは当たってたんだろう。
その後、俺は他のチャンネルのローカルニュースコーナーも見てみたが、小山内に触れたものはなかったようだ。
俺は録画の分担をお願いした榎本さんとホリーの分をDVDに焼いて、カバンの中へ。
小山内の分も作ったけど、これ月曜に渡すチャンスあるだろうか?
こんなに土日が早く過ぎてくれと思ったのは、今までなかったぜ。
月曜日。
ちょっとは落ち着いた俺はいつもより少し早い電車で登校した。
DVDを配らなきゃならないからな。
3階の廊下を教室に向かっていた俺は、教室に入る前から、教室の中で何が起こってるのか、なんとなくわかってしまった。
金曜日よりさらに増えた見物人?が窓やドアに集まってる。ほとんどが男子だが、中には女子も。
あれ?あれは春田さんだ。
「春田さん、おはよう。」
ドアから何か声をかけたいのに躊躇ってるような表情で教室内を覗き込んでいた春田さんに近づきながら俺は声をかけた。
「え?あ、俺くん。おはよう。」
「春田さん、こんなところでどうしたんだ?」
いやな、俺がいくら小山内からバカバカ言われてるからって、春田さんが小山内に会いにきたのはわかってるからな。
そうじゃなくて、小山内と面識があるんだから、こんなところじゃなくて、直接寄って行ったらいいじゃないか?ってことだ。
「うん。小山内さんにお祝いを言いたくて来たんだけど。」
「だったら教室に入ったらいいじゃないか。」
「でも、君たちと知り合いだってことは、あまり知られちゃいけないんじゃないの?」
そう言って、春田さんは残念そうな顔をした。
そういえば、俺たちの秘密は守って欲しいと言った。けど、それは小山内と知り合いだってことも知られてはいけないことだって話じゃないはずだ。
というか、俺は春田さんのクラスに春田さんを探しに行ったことだってあるし、竹内さんだって春田さんと俺たちの関係を言ったことがあったような気がする。
だから、
「それは大丈夫だ。俺の、あの、あれのことさえ黙ってくれれば。」
「そうか。じゃ遠慮なく。」
そう言うと、春田さんはにこっと俺に笑顔を向けて、教室に入って行った。
席に座ってクラスの女子と笑顔で話していた小山内も、近づく春田さんを見つけて手を振りながら歓迎して一層笑顔になっている。
そんな騒ぎの中、俺は目立たないように自分の席について、先に来ていたホリーとブツのやりとりをした。
「ホリーありがとう。これ金曜日の。」
「テルありがとう。僕の方のはこれね。」
やっぱり俺が見落としてたチャンネルでもやってたんだな。頼んでよかったぜ。
その時、春田さんが出ていくのを「またね!」と言って見送った小山内が、俺の方を何か言いたげにちらっと見たのに気づいた。
なんだ?
やっぱりDVDが要るのか?
持って来てよかったよ。
ちょうど今日は期末テスト前最後の3部合同会議だから、その時渡そう。
その後、まもなく今井先生が入ってきて朝の騒ぎはようやく収まった。
小山内も朝からあんなに騒がれて疲れたんじゃないか、ってほどの騒ぎだった。
犯罪を未然に防いだだけでも噂になる要素十分なのに、警察から表彰されて、テレビに映って、その上誰が見ても美少女なんだから騒ぐなって方が無理だろうが。ちなみに、昼休みに伊賀が自宅から持ってきた新聞にも写真付きで載ってると言い出して、また小さな騒ぎになってたぞ。
結局、俺がようやく小山内と話せる状態になったのは、歴研の部室に向かう時だった。
だが、なぜか小山内の機嫌が悪い。
顔つきも恐めだし、俺に構わずずんずん歩いていく。
「ちょっと待ってくれよ。」
「何か私に用でもあるのかしら。」
機嫌が悪いってレベルじゃねえな。
「どうしたんだよ。」
「その言葉、そっくりあんたに返すわ。」
わけががわからないが、とにかく小走りで小山内に追いついて並ぶ。
小山内の顔を覗き込むと、
ん?
怒ってるのは怒ってそうだが、拗ねてるようにも見える。
「どうしたって言うんだよ。」
「わからないの?」
そういえば、声からも拗ねてるのが混じってる雰囲気が漂っている…ような気がする。
だがまじで分からん。
小山内は俺の顔を横目で見て、俺の間抜け顔を確認したらしく、大きくため息をついた。
「私、今日はクラスで1番早く来たの。」
それが怒ってる理由か?
やっぱりわからん。なので迂闊に反応できん。
黙ったままの俺を俺を見て、小山内はもう一度ため息をついて足を止めた。
「あんた、ほんとにバカなのね。」
なんで?小山内が今日1番早く来たことが俺がバカなのにつながる?
「なんであんたも早く来ないの?」
小山内は少し頰を赤くして俯きながら言った。
あっ!?まさか小山内は、俺と
「朝から2人だけで会いたかったとか?」
俯いた小山内の髪の間から見える耳たぶがますます赤くなった。
「だって、誰かいたら、ちゃんと話ができないでしょ。私たちが一緒にもらった表彰状なのよ。誰よりも先にあんたに見せたかったの。わかりなさいよ。」
うわっ、小山内かわいい。
たしかにテレビ画面越しで小山内が、俺たち2人で救ったんだってメッセージを送ってくれてた。
これは俺が悪い。
それに、俺も小山内の顔を見て「ありがとう。」と「おめでとう。」を言いたかった。
まあ、俺は今まさにこの一緒に行く機会に、と思ってたんだが、小山内は、朝一で俺と話したくて来てくれてたのか。
俺の気持ちが申し訳でいっぱいになってしまった。
「ごめん。」
小山内は無言。俺は続ける。
「ありがとう。」
小山内はようやく顔を上げてくれた。
「何が?」
「さくらんぼのヘアピン。」
小山内の顔がまた赤くなる。
「ふ、ふーん。それから?」
「それから、コメント。」
「それだけ?」
「俺に最初に見せようとしてくれたこと。」
「…」
もう一つ。口にしないといけないことがある。
「それと、俺に人助けしようと言ってくれたこと。」
小山内は「ほんとにわかってるの?」とでも言いたいような顔で、俺の顔を覗き込んできた。それから、なんとなく嬉しそうな声で、
「いいわ。許したげる。」
俺は、結局、「おめでとう」は言わないことにした。
俺たちの表彰状なら、小山内に「おめでとう」ってのは変だしな。
まあ、こうしてようやく俺たちはいつものように話せた。
しかし、小山内と再会してから、なんなんだろうね、このわくわくする感じは。
ほんと、ありがとうよ、小山内。