第91話 一期一会 (4)
大宮さんのお茶をいただいた後、前回茶道部の人がやったみたいに、小山内はお茶碗を両手にとって、上半身をかがめながらよく見ている。
そう言えば前回も茶道部の人がそんなことしてた気がするぞ。
よくそこまで覚えてたな。さすが小山内。
小山内は、大宮さんにも声をかける。
なんかお茶の道具のことを聞いてるみたいだが、専門用語?なのでわからない。
大宮さんは、最初、すごく硬くなってたけど、小山内が微笑みながら優しく話しかけたんでだんだんと笑顔になっていった。
さすが小山内の中の人は優秀だ。2人とも最後はごく自然な笑顔の会話になっていた。
その間の俺はっていえば、もちろんお茶を頂いてた。
さっきと同じように俺の分のお茶も出てきたんだけど、実はそのお茶碗が気になった。
最初のと違うお茶碗だったんだけど、なんて言うのか、オーラが小山内のに近い。
そんな華やかな柄でもなないんだが、妙に落ち着くんだよ。
もしかしたら、これもあの持ち出されたお茶碗のひとつだったのかもしれない。
まあ俺は落とすのが怖いから小山内みたいにじっくりと見たりはしてないし、まさか「これも高級品か?」なんて聞けるわけがない。
いや、一瞬もうちょっと上品に聞こうかとは思ったんだが、隣に小山内がいるからやめた。
ちょっと賢くなっただろ?
そんな感じで、お茶会は終わった。
前よりずっと気分良く、な。
佐々木さんと渡部さんも帰り、大宮さんの友達も帰った後、俺たちもそろそろお暇を、ということで帰ろうとした時。
顔を強張らせた高居先輩とホリーが見送りに出てきてくれた。
うん。高居先輩は何かを決意してるんだな。
あとはお前達が決めるんだ。
ホリー、よろしく。
ただ。
和室の前の廊下を少し行ったところで、小山内が足を止めて、俺に向き直った。
「どうするの?」
俺は直接には答えず、俺が今日感じたことを口にした。
「前よりもいいお茶会だったと思う。…たぶん。」
最後の言葉をつけたのは、俺の良心だ。だってな、ど素人の俺にそんなはっきりわかるかよ。
「そうね。私もそう思うわ。前のお茶会はなんか浮き足立ってたし、大宮さんも人前で初めてお手前をするというのとは何か違うことに気を取られてたいたいだし。」
「そうだな。そんで今日は高居先輩も大宮さんも精一杯頑張ってた。」
こっちは俺でもわかる。
たぶん高居先輩は、自分でぶち壊してしまった、自分への信頼と前回のお茶会の意味を、今日またもう一度思い知らされて逃げ出したかっただろう。なのに、逃げなかった。
大宮さんも、いわれのない疑いをかけられて、しかも自分を責めた高居先輩が真犯人だと知って、人間不信になりそうなくらいすごく傷ついただろう。もう茶道部自体を嫌いになってしまうくらいに。
だが、今日は最後までやり抜いた。最後は笑顔でな。
俺は思うんだ。
神ならぬ人が、誰かを許そうとしても、何もなしに許せたりはしないんじゃないかと。
許すことで、より良い未来がやってくる。それが許しを乞う人の未来なのか、許そうとする人の未来なのか、それともそれ以外の人の未来か、とにかく誰かにより良い未来がやってくるという希望があるから、希望を持ちたいから、人は人を許せるんじゃないかとな。
でもその希望は、顔を伏せたままでは見えてこないんじゃないかと。
あの、俺が小山内から玉子焼きをもらえなかったあの日、「そうじゃないか」、と俺は小山内に問いかけ、「小山内はそうよ」と言った。
そして俺たちは頷きあったんだ。
今日、俺たちは、ぎこちないながらも、これからも茶道部の人たちが一期一会を積み重ねていける希望を見た。きっと茶道部の人たちは、俺たちよりもずっとはっきりと感じ取ったと思う。
あとは、許しを乞うのか、許すのか、そして一緒に前を向いて行くのか、それはもう俺たちが関わることのできないことだ。
ただ、それでも。
小山内は「どうするの?」と聞いてきた。
俺は小山内を見つめた。
俺は小山内から何を聞かれたのかわかったからな。
「俺も信じる。」
俺たちはお互いに微笑みかけ、
俺は口にした。
「明日以降、茶道部で起こったお茶碗の行方不明事件のことを、事件に関わらなかった人は覚えている。必ず。」
まあ、関わった人たちがみんなで前を向こうとしてるのに、無関係な奴が後ろに引っ張るのは無しな、ってことだ。
美味しいお茶へのお礼だぜ。
さて。こうしてこの話はほぼ終わった。
これを読んでくれてる人にもちょっとだけサービスな。
次の日、ホリーがいつも通りギリギリ登校してきた俺に涙を浮かべながら「ありがとう。」と言ってきた。
ギリギリ登校で良かったぜ。
早く登校してたら、いろんな奴に俺が何やったのか追及されてただろう。
具体的に言えば佐々木さんと渡部さんにな。
そんでホリーが、なんでああいうことが起こったのかも教えてくれた。高居先輩が大宮さんや茶道部の人たちに許しを乞うた時に、話したそうだ。
それによれば、もともと部長さんと高居先輩はとても仲が良かったんだそうだ。
ところが、茶道部の伝統とかで、新入生が入部すると新入生1人ずつに3年生が1人ずつついてマンツーマンで指導することになってたんだが、大宮さんがちょっと修得が遅れ気味で、大宮さん担当になった部長さんが大宮さんにつきっきりになってしまったらしい。
そういえば、ホリーも先にお点前できるようになった子がいるっていうようなことを言ってたな。
そのせいで高居先輩は部長さんと一緒にいることができず、原因の大宮さんに意地悪しようとした。
それで大宮さんのお茶会デビューで使う予定のあのお茶碗を持ち出したということだそうだ。高居先輩は後で戻すつもりだったそうだけど、お前回の茶会の前後に徹底的に探されて、和室の中には絶対にないってことになったから戻せなくなった。それで困ったけれど、かといって大事なお茶碗を壊してしまうこともできず、リサイクルショップに買い取ってもらうことにしたそうだ。
まさか、持ち込んだ先から、学校にすぐに戻ってくるなんて、思ってもみなかったんだろう。
これが、一連の顛末。
で、茶道部がどうなったかっていうと、高居さんも大宮さんも茶道部に残るそうだ。
部長さんも、理由を聞いて、2人に謝ったという。
なんで?と思うが、あの部長さんらしいな、とも思う。
そういえば、俺たちが、最初にお茶碗が行方不明になったことを聞いたとき、
「盗んで換金だな。」
「嫌がらせで隠してるのかも。」
と小山内と言いあったってのは憶えてるか?
あれ、結局2人とも半分ずつ正解だった。
この話をホリーから聞いた日、俺は、小山内に話があるとショートメールを送っておいた。
放課後、掃除から帰ってきた小山内は俺が教室にいるのを見て、
「さあ、帰らなきゃ。」
とか、わざとらしく言いながら、帰りの準備。
俺も不自然にならないように、先に昇降口を出て、長くなった日の中を、ゆっくり駅に向かう。ほんとにゆっくりな。
校門を出るあたりで、ちょっと息を切らし気味の小山内が追いついてきた。
怒っちゃいないんだろうが、眉を寄せてる。
「あんたちょっと早すぎるわ。」
「悪かった。さすがに、校内で一緒になったら、一緒に下校するように示し合わせたみたいで。」
「ふーん。同じ部活の人同士が一緒に帰るのがそんなに変?」
「俺が小山内みたいにかわいい子と一緒に帰るのが変なんだよ。」
「へえ、そう。」
小山内がちょっと黙る。
「ホリーから聞いたんだけどな…」
俺は、さっき小山内に堀から聞いた話を小山内に伝えた。
俺の話を、あまり感情を見せずに聞き終えた小山内は、
「そう。これからね。」
そう言って、風になびく髪をかき上げた。
そうだ。俺たちにとっては、この話はこれでお終いだが、ホリー達にとってはこれからの話しだ。
「これから、お茶会を部員みんなで積み重ねていくのも、あのお茶会を最後にしてしまうのも、それはもう。私たちは…」
小山内は最後まで言わないが、最後はきっとこうだ。
「私たちは、信じるだけ。」
俺はやりきった感をかみしめながら、小山内と2人、静かに並んで歩く。
そのとき、ある言葉が俺の心に浮かんできた。
俺は、茶道部に俺たちが出来ることが全部が終わった安堵感からか、その言葉を、つい、そのまま口にしてしまった。
「一期一会、か。」
「どうしたの?」
「おまえと何度もこうして人助けしたり、部活やったりしてるけど、それ全部、一期一会の大切な時間なんだな。」
小山内はそんなに驚いた様子もなく、ただ綺麗な瞳で俺を見て、嬉しそうに口にした。
「そうよ。だから、私を大事にするのよ。」
そう言って、小山内は一瞬遅れで真っ赤になり、慌てて言い直した。
「い、今のは言い間違い。言い間違いなの。ほんとは、私との時間を大事にするのよ、って言いたかっただけなの。」
俺には、その違いがわからない。だが、この時間を大事にして、小山内を大事にする。
だから、おれは一言だけ返事した。
「ああ、大事にするよ。」
その日、そのあとどういう会話があったのか、それは俺たちだけの秘密だ。