第90話 一期一会 (3)
昼休みは酷い目にあったぜ。
まあそれと引き換えと言っては何だが、俺には荷が重かった佐々木さん達を誘うって仕事をホリーがやってくれることになった。
あとは待つしかない。
小山内が考えたプランは、あとは俺たちがごく普通にお茶会に行くだけ、というものだ。
そのお茶会は、本来使われるはずだった、茶道部にとって大事なお茶碗を使った、あの日にはできなかった一期一会の、つまり茶道部にとって、もてなす心構えもお茶道具も最高のおもてなしとなるお茶会になるはずのものだ。
そこで俺たちはただお茶をいただく。
茶道部の人たちがその茶会を見て、あんなことがあった今でも、お茶碗が持ち出される前と同じ一期一会のお茶会がまだできていると感じてくれれば。
そうしたいと感じてくれれば。
小山内が言った「あの日に戻る、まだ戻れる、またやり直せるっていうのは、希望につながるものじゃないかしら。」というのは、何もなかったことにすることじゃない。
許しを乞うこと、許すこと。そして乗り越えて先に進むこと。
俺たちは、そう思うんだ。
だから俺たちのやることは、「戻れるぞ、やり直せるぞ、ほらこれを見てみな。」と言うことだ。
あとは、榎本さんの言っていた「何とか乗り越えようとする意志の力」を信じる。
それが許しにつながることを信じる。
小山内が説明してくれたんだよ。
一期一会って、お茶会の心構えで、そのお茶会が二度とない、一生に一度の出会いと心得て、招く方もお客さんもお互いに誠意を尽くすというものだってな。
だがあの時は、お茶碗がなくなったことにはじまって、ばたばたと何かに急かされるようにお茶会がはじまって、お茶を点ててる方も頂いてる方も、何か心の引っかかりがあった。もちろんお茶碗を持ち出した人もな。
それに俺の方も小山内に気をとられたりしてたし。
だが、今度は俺たちはお茶会に向けて誠意を尽くしたつもりだ。
だから、俺たちは茶道部のみんなの誠意を尽くしたお茶をいただく。
一期一会。
ただそれだけのことだ。
ホリーと部長さんが、茶道部のメンバーと顧問の先生を、高居さんと大宮さんを含めて説得してくれて、無事お茶会が開かれることになった。
俺たちのプラン通り、俺たちと佐々木さん、渡部さん、それに大宮さんの友達も参加することになった。
まあ前回は招かれる側にとっては初めてのお茶会だということで、いろいろやらなきゃならない一番端っこに座る、正客って言ったけか?それを茶道部の人がやったんだけど、今度は小山内がやることになった。
ホリーと部長さんは、俺に、って言ってたんだけど、人には向き不向きがある、と言って小山内を推薦した。
それを聞いた小山内はジト目で
「あんたね。」
とは言ったけど、さすがにいつものように「バカなの?」とは言わなかった。
そりゃ俺より小山内の方がさまになるってのは小山内だってわかってるだろ。
榎本さんにも、小山内から伝えてもらった。
小山内から話を聞いた途端、榎本さんは、にこってそりゃもう満面の笑みで俺にうなづいてくれた。
あの笑顔を向けられたら一瞬で惚れてしまう男子がきっと何人もいるってくらいの笑顔だったぜ。
どうだ、羨ましいか?
あと、ホリーから話を聞いた佐々木さんと渡部さんからは、一応感謝はされた。
ただ、どっちとはあえて言わないが「何であの子と一緒なのよ。」というお言葉も頂戴した。
もちろん「ダシに使わせてもらったからだ。」なんて言えるわけねえ。
当日。
お互いに声をかけるまでもなく一緒に教室を出た俺と小山内は、前回と同じ廊下を、前回よりずっと緊張して歩く。
前回は小山内は俺の前を歩いたが、今度は2人で並んで歩いていく。
無意識だと思うが、小山内は俺の手を握りそうになって、手が触れた途端引っ込めたりもした。
そんで俺が、前を向いたままで、
「大丈夫だ。」
とだけ言ったら、小山内が一瞬だけこっちを見て、
「そうね。」
とだけ返して、俺たちはちょっとだけ肩の力が抜けた。
和室に着くと前と同じようにホリーが出迎えてくれた。
軽く挨拶を交わして俺たちはあの畳の部屋に通される。
小山内は指示されるままに1番右側に席に正座した。小山内の緊張が表情に現れている。
その左に俺。
ちょっと遅れて佐々木さんと渡部さん、それと大宮さんの友達も。大宮さんの友達の女子が1番左に座ってお客は揃った。
さあ、お茶会の始まりだ。
前と同じように部長さんが出てきて挨拶する。
「今日は私たちの大事なお茶会にお越しいただいてありがとうございます。どうかお気を楽にしてお楽しみください。」
そういう部長さんの言葉には隠せない緊張の色が見てとれる。
前のお茶会では、次に高居先輩が説明をしていた。
俺と小山内は、ここにくる途中、もし高居先輩が出てきてくれたら、必ず笑顔でいよう、と約束していた。
俺たちの約束が意味のあるものであってくれ。
俺と小山内の視線が、部長さんが出て行った襖に注がれる。次に出てくるのは、高居先輩か、それともホリーなのか?
襖が静かに開く。
入ってきたのは高居先輩だった。
少しきつめの目つきなのは前回と同じだが、顔色は悪い。
だが、笑顔を作っている。
がんばれ。
高居先輩は硬いながらも笑顔のままで前と同じように説明して、戻っていった。
横で小山内が、ふーっと息を吐くのが聞こえた。
小山内にも俺が息を吐いたのがきっと聞こえただろう。
次にホリーが出てきてお茶を点ててくれる。
この前と同じようにしゃかしゃかお茶を点てて小山内にそれを出す。それと一緒に他の部員さんがお客それぞれに一服ずつ出してくれた。
佐々木さんと渡部さんは、普段の仲の悪さを忘れたように、神妙な顔で仲良く並んでい茶をいただいてるし、大宮さんのお友達もそれは同じ。
前との違いは、前回は小山内が今座ってるところに座っていた茶道部の人がいろいろお茶碗のこととか聞いていたが、小山内は特にそういう会話をしていないってことだ。
あれは難易度が高いしな、さすがの小山内でも、一回見聞きしただけでは無理なのかもしれない。
静かにホリーのお茶会は終わって、一旦休憩。
次は、大宮さんの番だ。
お茶碗が行方不明になって、高居先輩から責められたというその大宮さんだ。
大宮さんもこの件ですごく傷ついただろう。
このお茶会で少しでもその傷が癒えてほしい。
そう俺たちは願っている。
大宮さんがお茶を点てるとき、前回は、席替えがあったが、今回は無しだそうで、ホリーの時と同じ席に着くように言われた。
そう案内してくれたのは、高居先輩な。さっきより笑顔の不自然さが少しだけ緩くなってる気がする。俺の気のせいかも知れないが。
その後、大宮さんが硬めの表情で出てきて、後半が始まった。
ただ、前回のお茶会の時も、硬めの表情だったと思うので、お茶会自体に緊張してるのかも知れない。
途中で部長さんも出てきて、お茶の道具の説明をしてくれた。その説明からすると、やっぱりいま大宮さんが使ってるお茶碗が、行方不明になったものらしい。
俺が大宮さんのお手前を見るのは2回目だけど、なんとなくホリーの方が自然な流れで点ててたように思える。
まあ、俺は、大宮さんの使ってるお茶碗が、あの、戻ってきたお茶碗だと知ってるから、特にお茶碗に注目してたんで、そう感じただけかも知れない。
そのお茶碗は、花柄なんだが、上品な感じの重厚さがある…ように思う。
大宮さんの点てたお茶を小山内がいただくのもさっきと同じ。
あんまり上品な振る舞いじゃないとは思うだが、小山内のもとにそのお茶碗が来た時、ついつい、どんな感じでお茶が入ってるのか、チラ見してしまった。
薄い黄色の地肌に花柄というのは、外側と同じなんだけど、そこに抹茶の緑が映えて、より一層しっくりくる情景になってる。
これが茶道部の人たちがもともと見せてくれたかったものか。
うん。
たしかに、いい。