第88話 一期一会 (1)
その翌日。
昨日の小山内のアイデアを実行するために、俺は、またも早起き登校をした。
いい加減、体が慣れてきそうなもんだと思うんだが、眠いものは眠い。
やっぱり俺の体質にはギリギリ登校があってるんだろう。
「おはようテル。」
「おはようホリー。」
今日は昇降口でホリーに出会った。
まずは、予定どおり。
次は、俺がうまく切り出せるかなんだが。
いつもの元気がないホリーに、どう言えばいいんだろ?
一応家で、どう言おうか考えては来た。
それ以上にいい案はやっぱり思いつかないから、思い切って、プランAで行くぞ。
「ホリー、お茶碗は、もう茶道部に戻ったんだよな。」
「うん。そうなんだけど。」
ホリーに続きを言わせないで俺はたたみかける。
「そのお茶碗はやっぱりすごい良いものなのか?」
「うん。食レポみたいにうまくは言えないんだけど、持ってる空気感とか、お茶を点てたときの綺麗さとか、僕たちが普段練習で使ってるのとは全然違うよ。」
「この前のお茶会のときはそれを使ってくれる予定だったんだな。」
「うん。ごめ…」
それ以上言わせない。ここが、今回の正念場だ。
「だったら、そのすごいお茶碗で、お茶を飲んでみたい。」
「えっ?」
「このまえのお茶会はとても良かったんだけど、せっかくだから、そのいいお茶碗を使ったベストのお茶会を楽しんでみたい。」
「それは…」
「それに、佐々木さんも渡部さんもお茶会に行きたがってたから、俺と小山内、それに佐々木さんと渡部さんも招待して、もう一度お茶会やってくれないか?」
これが諸葛凜のアイデアだ。
これでうまく行くかどうかなんて、神様じゃないとわからないし、何がどうなって解決になるのか、俺なんかに予想できるわけがない。
それに、何もなかったのと同じようになるとも思えない。
だが。
「あの日に戻る、まだ戻れる、またやり直せるっていうのは、希望につながるものじゃないかしら。」
小山内が、目を伏せながら言ったその言葉は、過去に何かを置き忘れてきてしまったことのある人間にしか紡げない言葉だと思った。
だから、俺は、小山内のアイデアに乗った。
いつになく熱心に口説く俺を、ホリーがどう思ったかは俺にはわからない。
だが、ホリーはじっと俺を見て、納得はできないまでも、俺が何かをしたいと思ってるのはわかってくれたようだ。
「僕だけでは決められないから、部長に相談してみる。戻ってきたお茶碗で、あの日のお茶会をやり直してってことだよね。」
「そうだ。その通りだ。」
「わかった。テルがそこまで言ってくれるなら、僕も頑張るよ。」
ホリーは佐々木さんたちなら悲鳴をあげるくらい笑顔でニコッと笑って、「ちょっと部長のところに寄ってくるね。」と言って3年の教室の方に駆けて行った。
頼むぞホリー。1人も欠けることなく美味しいお茶を飲もうぜ。
ホリーが部長に会いに行ってくれたので、俺は1人で教室に入って行った。
うまくいったか気になるのか、もう教室には小山内がいて、俺が入ってくるのを待っていた。
不安と期待の入り混じったような視線が俺に小山内の言葉を伝えてくれる。
俺は軽くサムズアップ。
途端に小山内の表情から不安の色が消えて期待だけが残った。
あとはホリーがうまく伝えてくれるのを待つしかない。
自分の席に着いた俺は、次の難関、つまり佐々木さんと渡部さんをどうやって誘うかということに頭を悩ませる。
「テルおはよう。最近早いんだね。」
伊賀が寄ってきた。
そういえば伊賀は情報通キャラだったな。
もしかしたら、茶道部で起こってることも知ってたりしてな。
「ああ、知ってるよ。」
いや、お前、ここは現実だぞ。いつからお前はラノベの世界に片足を突っ込んだんだ?
「そんな顔で見ないで欲しいな。」
「だってなお前。」
「僕だって校内で起こる森羅万象を知ってるわけじゃないよ。」
伊賀は大袈裟な身振りで肩をすくめて見せた。
「じゃあ何だってお前が茶道部の話を知ってるんだよ。」
「テルは僕が計算機科学部に入ってるの知ってるよね?」
「ああ。」
「うちの部の2年の先輩の彼女が茶道部にいて、お茶碗がなくなってから部の雰囲気が悪くなったって言ってたらしいんだよ。」
「何でその話がお前のところに伝わるんだ?」
伊賀は少し小声になって説明した。
「うちの部で開発してるプログラムがあるんだけど、その先輩が分担分の納期に間に合わなかったんだよ。それで、なぜだって話になって、彼女の話に付き合ってて時間がなくなったって言い訳したから、みんなに追及されてね、喋ってくれたんだ。」
今の話のどこに小声にしなきゃならない要素があるんだろうか?深く突っ込むとあんまり良くない気がする。だが、もしもう少し情報があれば、俺達のプランにプラスになるかもしれん。
だから俺も小声で聞き返した。
「この前、俺がホリーの招待を受けてお茶会に行ったことがあったろ。あの日に起こったことなんだ。」
「やっぱりそうだったのか。」
「だからなんか気になっててな。結局持ち出したのは部員の人だったんだよな。」
伊賀はすぐには答えず、まるで値踏みでもするかのように俺の顔を見た。
聞き方が不自然だったか?
伊賀の視線が、まだ来てないホリーの机と俺の顔との間を往復して、ようやく伊賀は口を開いた。
「そうらしいね。本人が認めたわけじゃないけど、お茶碗が戻ったと聞いた時、明らかに副部長さんが動揺した様子だったから、部員がみんなそう思ってるらしいよ。」
驚いた。
伊賀は、俺達の知らない情報を持っていた。
持ち出したのは、副部長さん。
たしかお茶会が始まる時に挨拶してくれたのが部長さんで、その後に細かい説明をしてくれた高居って先輩を、ホリーが副部長って言ってた気がする。目つきがきつくて、しっかりした人って印象だった。
そんな人が何でお茶碗を隠したんだ?
あれ?
たしかホリーは
「うん。そうなんだよ。それで副部長の高居先輩が、最後にお茶碗を触った大宮さんに、ちょっときつく言っちゃって。」
こんなことも言っていた筈だ。
ということは、高居先輩は自分でお茶碗を持ち出したのに大宮さんにきつく言ったことになるぞ。
なら、持ち出した理由は、大宮さんを責めるためか?
何で?
俺はチラリと小山内を見る。
俺たちのプランで、本当に大丈夫なんだろうか?
それに、ここまで話が広がってるのにうまく解決できるんだろうか?