第87話 お茶碗の行方 (5)
小山内の頷きを見て少し冷静さを取り戻した俺は、お手洗いに立つふりをして、昼休みに会おうと小山内にショートメールを送った。
返事はなかったけど、小山内は俺が席を立つ時俺をちらっと見てたから、きっと来てくれる。
それまで、俺は頭を絞ろう。
授業中、醜態を晒さないように、授業に集中してるふりは忘れないけどな。
ただ、ホリーに少しでも元気を取り戻して欲しい。それが最優先だ。しかも、このことには超能力を使っちゃダメだと思う。そんな気がする。
だから俺は、席に戻る途中、ホリーのいつもにない落ち込みを察して慰めに来ていた伊賀と話してるホリーの肩に手を乗せて、ぐっと力を込めた。必ず助けるって誓いを込めてな。
ホリーは何も言わなかったが、俺の顔をじっと見たから、伝わったと信じよう。
まだざわつきの残っている朝のホームルームが終わると、クラスのみんなが集中する1限目が始まる。
俺にとっては熟考の時間だ。
俺はさっき聞いたホリーの話から何が起きているのかを再構成してみる。
昨日、お茶碗がリサイクルショップに持ち込まれたのは、俺が超能力を使ってすぐ後のことなんだろう。
そして、今朝の段階で茶道部にお茶碗が戻ってるということは、ショップのオーナーさんはお茶碗を買い取ったか、少なくとも預かったということだ。
おそらく、オーナーさんがお茶碗を手にした時には、生徒が部の備品を売りにきたことに不審感を感じていたはず。
そうでなければ、先生たちがいる間にお茶碗を学校に持ってくることは出来ない。
だとすれば、オーナーさんはどういう対応をしただろうか。
もし俺がそのオーナーさんだったら…
もし俺がそのオーナーさんだったら、俺は持ち込んできたのが誰かを確認しようとする。もし盗みだされた物だとすれば、買い取る方にも責任があるだろうしな。
前に何かのテレビで、そういう本人確認をやってるのを見たこともある。
そんで、オーナーさんの手にお茶碗が移ったということは…お店に持ち込んだのが誰かが、わかっているということか。
オーナーさんが学校に持ち込んだときに、その名前も出ただろうから、学校にも伝わったと考えるべきだ。
その後、部長さんから部員に朝の招集がかかったということは、お茶碗が戻ってきた、ということが部長さんには伝わってる。これはホリーの言葉からもわかる。
問題は、誰が持ち込んだか、ということも部長さんに伝わってるか、だ。
あー、伝わっていなくても、お茶碗が戻ったと伝えられたときの態度とかでわかるってこともあるな。
行方不明になってたお茶碗が見つかったのに、あれだけ落ち込んでるホリーの姿からすると、やっぱり持ち出したのは、茶道部の部員だったんだろうし、おそらく、茶道部の人たち全員が知ってしまったんだと思う。
俺に超能力があってもシビアすぎる状況だな。
みんながその人を許すように、俺が超能力を使うことは出来る。
だが、それは、持ち出した人を含めて全員の想いをねじ曲げてしまう。
それは、俺たちが絶対やらない、と誓ったことだ。だから、そっち方向で超能力を使うってのはなしだ。
だとしたら、俺たちに出来ることは、うーん。
「テル、テル。」
小声でホリーが声をかけてくる。
なんか、ヒントくれるのか?
「授業聞く気がないのなら、もういいぞ。」
こんどは前からこっちに冷たい声がふってくる。
ん?
先生がこっちを見ている。
もしかして俺もシビアな状況になってるのか?
すみません、考え事してました。
小山内の方は恐くて見れなかったのは言うまでもない。
「あんたやっぱりバカなのね。」
弁当を広げる前に、早速言われてしまった。
もちろん、いつもの、呆れた、って顔でだ。
今日も空模様はどんよりで、夕方頃から雨になるとスマホの天気予報が教えてくれている。だが、今はまだ降ってないのでいつもの場所で小山内と相談することになった。
「いろいろ考えてたんだよ。」
「それはわかるけど、あれはだめよ。」
「…そうだよな。」
さすがに、あれは反省しないとな。
俺の弁当を開く手が止まった。
小山内は厳しさの中に心配と優しさがにじんでる目で俺を見つめながら続ける。
「あなたが堀君のために一生懸命なのはわかってるわよ。でも、あなたがきちんと学校生活をするのが前提よ。あなたがおかしくなっちゃたら、あなたの超能力で救われる人たちだって喜べないでしょ。」
正論だな。
人助けには魔力みたいなのがあって、人を救うことに一生懸命になってることを言い訳にしてしまいそうになる。さっきの俺みたいにな。
だが、それは誰のためにもならない。
もし俺がそっちにのめり込んでしまったら、俺を人助けに導いてくれた小山内にも後悔させてしまうかも知れないし。
そういうわけで、
「これからは、人助けは人助け、自分の生活は自分の生活、と両方きちんとやる。」
「そうね。頑張って。」
そう言って、微笑んだ小山内はいつもよりいっそう輝いて見えた。
いや、ここからが話しの本番だし。
小山内に見とれてる場合じゃない。
止まってた手を動かしながら、俺はさっき考えていたことを小山内に伝えた。
「そうね、私もそう思った。堀君の様子だと、もう誰が持ち出したのかもわかってると思う。その人が、茶道部の人だということも。」
「そうだとすると、そのことを茶道部の人たちが許せるかどうか、ということになるな。」
「ええ。でも、あなたが、茶道部の人たちが許すって方向に超能力をつかうのは反対よ。私たちは、人の思いをねじ曲げちゃいけない。」
「ああ。俺もそう思う。」
それから俺たちは、茶道部の人たちは許すことができるのだろうかと話し合い、お互いの目を見て頷きあった。
ついつい、弁当を食べる手が止まってしまうが、まあ、そういうもんだろ。
「なら、俺たちに何が出来るか、だな。」
「ええ。実は私、あなたが昨日超能力を使ったときから、もしかしたら、お茶碗を持ち出した人がわかっちゃうんじゃないか、と思って、どうしたらいいか考えてたのよ。」
「うん。」
諸葛凜の登場に、俺の期待が高まる。
「でも絶対、という方法がないの。」
えええー。ぶーぶー。
とは言えない。俺も同じように名案がないんだし。
小山内は考えをまとめながら、のように少しずつ言葉を続ける。
「でも、一つ思いついたことはあるわ。それに、私たちがすべきなのは、茶道部の人たちが、もう一度元に戻れるかも知れない機会を作ることだと思うの。その機会にどう思うか、感じるか、そこからどうするか、はさっきも言ったとおり、私たちが立ち入っちゃいけないと思うのよ。」
「俺も同じように思う。で、小山内のプランて?」
「私が考えたのはね…」
小山内は思案顔で、考えてきたプランを教えてくれた。
それ、充分に諸葛凜の名に恥じない名案だぞ。
それから俺たちは、小山内のアイデアをどう実行するか、考えながら弁当を食べた。
今回は、小山内の卵焼きはお預けだった。