第85話 お茶碗の行方 (3)
というわけで中世史研の活動日の火曜日。いつもの藤棚でベンチに横並びで座って、俺たちに何かできないかの相談を始めた。
ほんとなら月曜日に小山内と話をしたかったんだが、さすがに何度も小山内を呼び出すと不自然だし、俺の命も縮むし。
俺の話を聞いた小山内は、眉を寄せ、話し始めた。
「お茶碗が出てこなかったということは、持ち出した人は戻す気がないということよね。」
「それか、戻せないか。」
「割っちゃったってこと?」
「いや、売ってしまったってこともあるからな。でも割ってしまったのかもしれない。」
「それなら、あなたの超能力を使っても戻ってこないんじゃないの?」
「そこはよくわからないな。割れた状態で発見されるってことになるのかもしれない。」
そうなったらとても後味が悪いことになるな。
小山内も一層深刻な表情になった。
やっぱり急いだ方がいい。俺はその考えを口にする。
「割られたりする前に超能力を使ったほうがいいと思う。」
「そうね。あとは、誰が持ち出したかわからないようにするかどうか、ね。」
「それだよな。」
一応中世史研の活動をしてることになってるので、俺は膝の上に広げてたノートの茶碗の絵を落書きしながら、考え込んだ。
「誰が持ち出したのか、わかっても、わからなくても、茶道部の人たちにはしこりが残りそうね。」
小山内は辛そうな表情で呟いた。
言ってしまえば、茶道部の人間関係は小山内には関係ない。
だが、小山内は、他人の辛さを自分の身に起こってることのように感じている。
小山内は自分がずっと苦しんできたからこそ、他人の辛さに敏感なんだろう。
それに俺たちは、お茶碗を取り戻すことが最終目的じゃなくて、茶道部の人達が救われることが最終目的なんだ。
「正直、どっちがいいのか、俺には判断がつかない。」
「私にも。」
だが、お茶碗が戻って来なければ、高居先輩は大宮さんをまた責めるだろう。もし大宮さんが持ち出していないのに責められてしまうというのだったらそれは絶対におかしいし、苦しみや辛さは何倍にもなる。
「お茶碗が戻って来なかった時に、大宮さんは茶道部で居場所をなくしてしまうかもしれないわね。」
そうなんだよ。それはおかしいだろ?
でもどうすりゃいいんだ?
「あっ!」
小山内がいいことを思いついたと言うように顔を輝かせて小さく声を上げた。
「いい考えがあるわ。」
さすが小山内!どんな名案だ?
「ユリちゃんにも相談してみましょうよ。ほら、せっかくサポーターになってくれたし、3人よれば文殊の知恵ともいうからきっといい知恵が浮かぶわよ。」
「お、おう。」
俺の反応に小山内がジト目になる。
「あんたやっぱりバカなのね。」
「なんでだよ?」
「ユリちゃんの何をみてるのよ。ユリちゃんがどんなに上手にクラスをいい雰囲気にしてると思ってるのよ。揉め事あってもすぐにおさめちゃうし。」
あーそうだった。というか、榎本さん、そういうののプロだった。
なんで思いつか方んだろ?
「小山内」
「な、何よ。」
俺の表情にちょっと戸惑う小山内。
「すぐに榎本さんに相談しよう。」
「あきれた。」
そう言いながら、小山内はすぐに榎本さんにSNSで呼びかける。
偶然、榎本さんは委員長の会議に出てたそうでまだ校内にいるそうだ。ちょっと待ったら来てくれるそうだ。
幸先いいぞ。
俺と小山内は無言で榎本さんを待つ。
空には、明日の天気予報は雨だったという事を思い出させるような重そうな雲が湧いている。
あー梅雨だなあ、なんて思いながらぼんやりと空を見上げていると、横からすーすーという音が聞こえてきた。
ん?
小山内が微かにゆらゆらしながら眠り込みそうになっていた。
いつもの凛とした表情からは想像できないくらいあどけない表情をしているし、綺麗な唇を少し開いて寝息も立てている。
ラノベとかだったら、こういうシチュエーションでは、小山内が俺に寄りかかってきたりするんだろうが、現実には、寄りかかるにはちょっと開きすぎの距離が俺と小山内との間にある。
小山内はこの距離を心地よく感じているのだろうか?
それとも?
いつかもっと小山内に近づきたい、俺はそう思う。
だが今は、小山内がベンチから転げそうになったら声かけよう。
言ってるだろ、俺はヘタレだって。
そんな感じで俺が1人で青春ドラマをやってると、榎本さんが来てくれた。
「お待たせしました、凛ちゃんごめんね。時間かかっちゃった。」
その声に小山内は目を覚ました。
「大丈夫よ、全然待ってないから。」
そりゃ小山内が寝てたから、という突っ込みが喉の上まで襲来したが、無用の波風立てるのダメ絶対、という脳内アナウンスが聞こえた気がしたので、俺は笑顔を向けるだけにした。
その俺の顔を見た小山内は、低めの声で、咬みついてくる。
「何よあんた。何か言いたい事ありそうね。」
「ぜんぜん。」
即座にすっとぼける俺。
これは物事を円滑に進めるための方便なんだから、「嘘つき君」なんて呼ぶんじゃないぞ。
榎本さんには小山内が説明してくれた。いつも通り筋道立てたわかりやすい説明で、何が起こったか、何に俺たちが悩んでるのかまで、すっきりまとまってる。人にバカバカ言うだけあって小山内は大したもんだ。
「ユリちゃんどう思う?」
小山内は最後に悩みの色を滲ませながら榎本さんに問いかけた。
榎本さんは少し考えて、さらっと口にした。
「そんな難しいこと、考えなくていいと思います。」
「「え?」」
見事に俺と小山内の声がハモる。
びっくりしている俺たちに、さっきよりも少し優しい口調で榎本さんは説明してくれた。
「お茶碗が行方不明のままでは、茶道部の皆さん全員がお互いに信頼できなくなって、茶道部がおかしくなっちゃうと思います。なので、お茶碗が見つかるように俺君が超能力を使うのは賛成です。」
うんうん。そうなんだ。でもな。
「でもそれで、もし困る人とか、持ち出したってバレちゃう人がいても、その後のことは、その人自身や茶道部の人に任せちゃえばいいと思います。」
小山内も驚いて口を挟む。
「だって、それじゃ苦しむ人が出てくるかもしれないわ。」
「そうかもしれません。でもそれでもいいと思います。」
榎本さんてこんなことを言う子だったのか?
お茶碗を持ち出した子はどうなってもいいと?
小山内もひどく戸惑った顔をしている。
あくまでも落ち着いて榎本さんは言葉を続けた。
「人には必ず悩みや苦しみがあると思うのです。だから、俺くんが超能力を使った事で誰1人として悩むことにも、苦しむことにもなってはいけない、なんて無茶もいいところです。神様にしかできない芸当ですよ。」
そうか?
そうなのか?
俺は迷い込んでいると思い込んでいた迷路が実は迷路でも何でもないと言われた時のような大きな当惑を覚えていた。
小山内も深く考え人でしまっている。
「それに、人間は悩みや苦しみがあったとしてもそれになすがままにされることなんて無いと思います。人間にはそれを何とか乗り越えようとする意志の力もあるはずなんです。もし、悩みや苦しみが1人の力で乗り越えられないようなら、その時に手を貸してあげればいいと思います。」
それから榎本さんはニコッと笑って付け足した。
「その時は俺君が超能力をまた使ってくれますよね?」
「ああ。」
だがなんか腑に落ちない。そんなんでいいのだろうか?
小山内も「わかったわ。」とも言わないのは俺と同じ感じをしているからではないか?
俺たちの表情を読み取った榎本さんは別の言い方で説明をしようとしてくれた。
「ええと、もっと簡単に言うとですね。」
ああ、そっちで頼む。
「たとえば、殴り合いの喧嘩をしてるクラスメイトがいるとします。」
俺の脳裏に佐々木さんと渡部さんの顔が浮かんだ。
いやあいつらは言葉の殴り合いしかしてないが。
「それを見て、どうしますか?」
「とりあえず止める。」
「そうね。」
「ですよね?どうせまた喧嘩する、とか、止めたら遺恨が残ってしまう、とか、どっちが悪いから止めないでおこう、とかにはなりませんよね?」
「ああ。」
「ええ。」
「それと同じだと思います。」
「つまり、お茶碗がなくなってるんだから、それを先ず解決しよう。それが出てきて、傷つく人がいて助けが必要ならまたその時助ければいいってことなの?」
小山内が、聞き返す。
榎本さんは、とっても嬉しそうな笑顔を浮かべて、大きく頷いた。
「はい。そうです。俺君にはそれが出来るはずです。」
あー。まあたぶんそうだな。たしかに。