第82話 お茶会 (3)
そんなトラブルがあったとしても、「とりあえずお客様も来ていることだしこの場はお茶会を始めよう」、というひそひそ声がふすまの向こうから聞こえてきて、なんとなく落ち着かない雰囲気の中、ホリーは俺たちにお客側の作法の説明を始めた。
「腕時計をされている方は時計を外してください。」
なんか時間を気にするのは失礼にあたるとかそういう理由らしい。
そのあともいろいろ説明が続いたんだが、一回で覚えるのは無理だ。なんで、俺は横の人がやってるのを見よう見まねでやることにした。
堅苦しくならないで楽しんでほしい、みたいなことも言われたし。
もちろん正座はしたぞ。
いよいよ、お茶会が始まると声がかかって、最初に3年生で、ナチュラルボブに眼鏡の落ち着いた感じがいかにも茶道部の人、って感じの人が、
「部長の木下です。今日はようこそおいでくださいました。新入生の初めてのお茶会になります。もし、とちったとしても温かい目で見てあげてくださいね。」
とにっこり笑ってあいさつ。すっごい好感が持てる人だな。
そのあと、ちょっときついめの目つきの高居って名前の3年の先輩が、細かい説明をしてくれた。先にお菓子が回ってくるから、お茶が出てくる前に食べきって欲しいとか、あと、今日使う茶道具がどんなものかとか、そういうの。ホリーも説明してくれてたけどな。
そういう感じでお茶会が始まった。
小山内はぎこちないながらも、さすがは誰もが認める美少女。正座してる時もすっと背筋が伸びてるし、出てきた和菓子を食べた時の幸せそうな顔もかわいかったし。
もちろん横に座った俺には、小山内が緊張してることを、耳ぎわをひと筋流れた汗でわかった。
それもふくめてやっぱり小山内はかわいい。
だから、口をついて出ちまった。
「小山内、おまえきれいだな。」
ありゃ?
俺なんかキモいこと言ったよな?
小山内は俺の方を見もしないけど、聞こえたのは確かだ。後でなんか言われるのは間違いないな。
どうか、お茶を点ててるホリーには聞かれてませんように。
ホリーがしゃかしゃかと、初心者には見えない手さばきで点てたお茶が一番右側に座ったお客に出される。
と思ってたら、俺の前にもお茶が運ばれてきた。そうか、ホリーが点てたお茶を回し飲みするんじゃなくて、別のところで点てたお茶が人数分来るのか。
信じてくれとしか言いようがないが、小山内と間接キスとか、頭をよぎっただけだかからな。期待してたりは、していない。はずだ。
仮にそうだとしても、俺も健全な男子高校生なんだから、勘弁してくれ。な。
それより今気付いたんだが、お客側で並んでるのが6人いる。
今日お茶を点てる新入生はホリーともう一人のはずなんで、お客は4人のはずで、数が合わないのでは?
と思って見てると、どうやら一番右の人と一番左の女子は茶道部の人らしい。
さっき説明された以上にいろいろホリーと問答したり、なんかお茶碗をひっくり返してみたりしてるし、おぬしできるな、って感がぷんぷんしてるからな。
後で聞いたらその、できるな、の女子たちも茶道部の新入生だったんだと。その女子はちょっと早めにお手前ができるようになってたんで、先週、ご招待のお茶会をしたということだ。なるほどな。
で、お茶をいただきました。
結構なお点前で。
いや、抹茶が和菓子と合ってて、ほんとに美味しかったぞ。
最初に聞いてたとおり、席替えをして、もう1人の女子のほうのお手前も見てその日のお茶会は終わった。
その女子は初めてのお茶会という緊張もあったんだろうが、何か別のことに注意が向きそうなのを必死で目の前のことに集中しようとしてるような、そんなふうにも見えた。
まあ、トラブルがあった後だし仕方ないか。ホリーみたいにある意味肝が据わってるやつの方が珍しいだろ。
ちなみに、2回目は、なんと小山内が一番右の人役をやってた。なんてたっけ?正客とかいう役だったか?
さっき思わず口走ってしまったように、やっぱり小山内はヤバいほど様になってた。
もしかすると、小山内は茶道部に勧誘されるかもな。
さて。
次は俺たちの部活だ。
いつもの藤棚で、と思ったが、どうも雲行きが怪しい。小山内の雲行きじゃないぞ。
梅雨だし。
ということで、俺たちの教室に戻ってきた。
運動部の声が響く教室にはもう誰いない。おれは小山内の席の近くに移った。
前の日に、鳥羽先輩から、例の書き付けに書かれてあった文字とその現代語訳がメールで送られてきたたので、話題はまずこれ。大学の先生も驚いていた、と斉藤先生が言っていたそうだ。
小山内にも事前に転送してあったんで、2人で自分のスマホを見ながら、
「こう書いてあったんだな。」
とか
「藪内さんが聞いていたのとちょっと違うところはあるけど、だいたい正しく伝わってたのね。」
とか言い合いながら、鳥羽先輩からの連絡どおり、次の3つの部の合同会議に2人とも参加することになった。
これ以外で、俺たちが独自にやってる中世史研の活動はないから、つぎは裏の活動だ。もちろん、話題はさっきのお茶会のことな。
「初めてのお茶席だったけど、いい雰囲気でよかったわ。部員の人たちも親切だったし、お菓子もお茶も美味しかったし。」
「そうだな。ホリーも堂々としてたしな。」
俺たちは、美味しいお菓子とお茶の話しで少し盛り上がって、俺がお茶会中に言った余計な一言のせいで少し盛り下がって、それでやっぱりあの件だ。
「茶道部の人たちは、笑顔で送り出してはくれたんだが、やっぱり大事なお茶碗がなくなって困ってるんだろうな。」
小山内も顔を曇らせながら頷く。
「私もそう思う。なんとか力になってあげられない?」
「一宿一飯の恩義もあるしな。」
「いいからご飯から離れなさい。」
俺たち、いいコンビだろ?
とはいえ。
「部員の人たちがあれだけ一生懸命探して見つからなかったんだから、もう、売られて換金されてしまったか、」
「嫌がらせか何かでわざと隠されてしまったか、ね。」
俺たちの話しは、さっきのお茶会前に話したことをなぞる。
「だとすると、普通に探しても出てこないな。」
「そうね。」
小山内は、右手の人差し指を顎に手を当てて、眉を寄せながら考え込んでいる。
口にはしないけど、俺たちの結論は、誰かが、おそらく状況から考えて茶道部の誰かが、大事なお茶碗を持ち出して売ったか隠したか、だ。
「やっぱり、俺たちに出来ることと言ったら俺の超能力だろうな。」
「でも、あなたの超能力は、あなたが言ったことが絶対起こらない、というだけで、どうやってそうなるのかも、誰がそうするのかもわからないのよね。」
「ああ。」
その口ぶりで、小山内が言いたいことがなんとなくわかった。
「そうだ。だから、お茶碗が戻るように超能力を使っても、誰がお茶碗を持ち出したかがわからないかも知れないし、誰がそれをやったかわかってしまうかも知れない。」
「だとすると、あなたが超能力を使ってしまえば、傷つくことになる人がいるかも知れないのよね。」
小山内らしい優しさだな。
だが、俺も、あの部長さんの笑顔が曇るのは見たくないな。なんとかならないだろうか。
「うーん。」
俺たちは二人して考え込んでしまった。
結局、超能力がなければただの高1でしかない俺に名案がそう簡単に出てくるわけもなく、小山内にとっても誰も傷つかずにってハードルは高かった。
それで、明日、俺がそれとなくホリーに話を聞いて、何かヒントがないかを調べてみることになった。
「いい?それとなくよ。それとなく。」
「わかってるって。たまには俺に任せとけ。」
「あんた、頼りになるときは頼りになるけど、たまにひとりで大暴走するからほっとけないのよ。」
小山内はなかなか痛いところをつきやがる。
まあそうは言っても、俺が聞くしかないわけだ。
言葉はきついが、俺へのエールと受け取っておこう。