第79話 サポーター (4)
ここまでの話しで、小山内がそのサポーターに榎本さんをと考えてるってのはわかった。
でも、考えとかないといけないことが2つ。
「まず、榎本さんには俺たちがこれまでやってきたことやこれからやろうとしてることと、それでもしかすると起こるかもしれない危険のことも話さないといけない。」
小山内は大きく頷いて「そうなの。」と言って賛成してくれた。
「もう1つは、中世史研究会にも入ってもらうか、ってことだ。俺はそれはしない方がいいと思う。」
「どうして?」
「もし小山内がサポーターを榎本さん以外にもお願いすることも考えてるなら、中世史研究会にその人達も入ることになる。そうなりゃ大騒動がまた起こる。」
あっ、という顔をする小山内。榎本さんはあの時の準合格者みたいなものだから、みんな納得するだろう。
けどな、それ以外の人を入れたら、小山内とお近づきになりたい奴らが黙ってるとは思えない。相変わらず、小山内はそのあたりわかってなかったようだけどな。
「それに、小山内と何故か救われてしまう人たちとの関係を薄めることが目的なのに、サポーターの人達を中世史研究会に入れてしまったら、今度は中世史研究会と何故か救われる人たちとの関係ができてしまう。それじゃせっかく榎本さんにお願いする意味がない。」
俺の話の途中から、何故かテーブルに身を乗り出して聞いてた小山内が、話が終わった途端に椅子に座り直した。
そんで、軽く咳払いして右手の人差し指を立てて、まるでマンガの1シーンみたいに俺を褒めた。
「あんたも、よく考えてるのね。感心したわ。」
「お前、俺をなんだと思ってたんだよ。」
「ええと、バカな男の子?」
おい、口元にやけてるって。
とにかく。
「そうね。たしかにあんたの言うことに一理あるわ。」
「それじゃ。」
「ええ。榎本さんとのやりとりについては別の方法を考えましょう。私と榎本さんなら女子同士だから一緒に話し込んでても変じゃないし、サポーターが男子ならあなたにお願いしたらいいし。」
「そうだな。」
一息入れて、俺は氷が溶けて薄くなってしまったカフェオレを飲もうとして、小山内のグラスには水もカフェオレも残ってないことに気がついた。
急いで店員のお姉さんに合図してお水を入れてもらう。
「あんた、もうちょっと早く気づいたらモテるのにね。」
おいおいそりゃないだろ。
「まあ、それまではしょうがないから私が付き合ってあげるわ。」
「えっ?!」
「ち、違う、違うの。そうじゃなくて、あの、そう教育係。あんたの教育係になってあげるってことよ。勘違いしないで、バカ。」
そう言いながらまた小山内はメニューで顔を隠した。残念ながら今度は耳たぶは完全に髪に隠れてて見えない。
メニューで隠した上にしっかり顔を伏せてしまってる。
まあ確かにダメな弟扱いなんだろうよ。あのバカバカ言ってるの考えたらな。
そんな感じで俺たちのながーい話し合いは終わった。でも長くは感じなかった。やっぱり小山内と話すのって楽しいや。いろんな表情の小山内も見れるしな。
その夜。
小山内からメールが来て次の日の放課後、藤棚に来るように言われた。
「雨降ったら?」
って聞いたら、
「晴れになるように祈りなさい。」
「嘘」
「その時はまた考える。」
って立て続けにきた。
何故かテンションが上がってるみたいだ。
まあ、晴れるにこしたことないので祈っといたよ。もちろん、超能力は使わないでな。
次の日の放課後。
ちゃんと晴れました。もう梅雨の季節だからどうかなって思ってたが、祈りが通じたのか。
掃除が終わって藤棚に行くと、もう小山内と榎本さんがベンチに座って待っててくれた。
俺を見つけた榎本さんは、ベンチから立ち上がって嬉しそうに微笑んでくれる。
「遅れて悪い。」
「いえいえ私たちいま来たばかりです。」
小山内は何か言おうとして口を開きかけたが、榎本さんの言葉にまた口を閉じて、俺を睨むだけにしてくれた。
俺が小山内たちと向かい合わせにベンチに座ると、榎本さんも小山内の横に座った。
緑の藤の葉が吹く風にさらさら鳴っていい気持ちの日だ。
「あんたが遅いから私の方から少し話し始めてたわ。」
「そうか。ありがとう。」
でも小山内、榎本さんの前で、俺をあんた呼ばわりして大丈夫なのか?中の人が出番を間違えてないか?
「それで、どこまで話してくれたんだ?」
「私たちがなんでわざわざ部活の形を取って活動してるのかってところ。」
ということは、榎本さんにお願いしたいこととかの話にはまだなってないってことか。
小山内は義理堅いから、大事なところは俺が来てからってことなんだろう。
「はい。お2人の考えはよくわかりました。さすが凛ちゃんです。」
「そ、そう、ありがとう。」
義理堅くて、照れ屋、な。
「それで、この前の入部テストをして、何も知らない人が入ってくるのを防ごうとしたの。」
「小山内は俺にはあたりがきついけど、他の人にはとても優しくて可愛いから、部活の内容より小山内目当てでは入部希望する人が多そうだろ。だからな。」
「あんたは余計なこと言わなくていいの。」
「な。」
榎本さんは口元に握った右手を当ててくすくす笑いながら、着火剤を追加。
「おふたりの息ぴったりですね。」
「どこがよ!」
「どこがだよ!」
いやあ、気まずい。俺は顔が赤くなるのを感じた。
小山内はいつもの通り、顔に出やすいから、わざわざ言うまでもないだろ。
小山内はこほんとわざとらしく咳払いして立て直そうとしてる。
悪いことしたな。
この後は、小山内に任せよう。
「とにかく。それであの入部試験をしたのよ。」
「はい。」
「でもそれだとね…」
小山内は、これまで俺たちがやってきたこと、そして昨日、俺たちが話したことを要領よくまとめて、榎本さんに伝えて、俺たちのサポーターになって欲しいと話した。
「つまり、私は凛ちゃんと俺君のお手伝いができるんですんね。」
「そう。私たちより危険は少ないと思うけど、もしかすると巻き込まれてしまうかもしれないの。だから断ってくれても全然いいの。ね?」
最後の「ね?」のところを、小山内は俺を見ながら言った。
「ああ。小山内が言う通り榎本さんに危険が及ぶかもしれない。俺も全力で守るけど、俺バカだから絶対ってことはない。」
「そんなこと言わないでください。ぜひお手伝いさせて欲しいです。凛ちゃんと俺君がやろうとしていることを聞いたら余計そう思います。」
榎本さんは、俺と小山内を代わる代わる見ながらはっきりとそう言い切った。
俺と小山内はお互いに視線を交わし、しっかりと頷きあう。
「榎本さん、これからよろしく。」
「ありがとうユリちゃん。私、とっても嬉しいわ。」
「はい!私の方こそよろしくです。頑張ります!きゃ!」
小山内は、これ以上ない笑顔で榎本さんに抱きついてる。
おい、俺が握手しようと差し出した右手が行き先を失ってにぎにぎしちゃってるじゃないか。
それに気づいた榎本さんは笑顔のまま俺の手を両手で取ってくれた。
小山内の喜びようは、昨日、榎本さんの申し出を忘れてたにしては、はしゃぎすぎな気もするが、よく考えたら、小山内はまだ高1でしかない。
なんでも一生懸命な小山内は、俺と一緒に人助けをすると決めて、助けを求めてる人を実際に何人も助けてきた。きっとそうしなきゃならない、とずっと気を張ってたんだろう。それに、最初に俺に人助けをしようって言ってきた時、味方になる人を増やそうとも言ってた。
これ、高1には荷が重いよな。
だから、榎本さんが俺たちのことを理解して、一緒に活動をしてくれるって言ってくれて感極まったのかもしれない。
あるいは。
小山内は初めて、何も隠さなくていいと思える「友達」に出会えたのかもしれない。
そのあと俺たちは一緒に下校した。
小山内はいつもに増して榎本さんにしゃべるしゃべる。いや、なんかこれからどうしようとか、そういう大事な話もしてるんだけど、テンションがさっきの説明の時の冷静な小山内と違うんだよ。
榎本さんも笑顔で聞いてる。
俺はその横を黙って歩きながら、中学生の時体験できなかった、普通の学校生活というのをしみじみ味わっている。
途中の家のお庭に植えられた満開の紫陽花の花が、まるでチアがポンポンで俺たちを応援しているかのように、風に揺れながらいつまでも俺たちを見送ってくれていた。