第78話 サポーター (3)
小山内のぱたぱたを見た店員のお姉さんが近寄ってきて、「店内が暑いでしょうか?」と聞いてきた。
ますます小山内が赤くなる。
そんでちょっとうわずった声で、
「だ、大丈夫です。あの、そう。それよりちょっとおなかがすいたんでケ、パ、サ、サンドイッチありますか?」
とお願いした。
「ケ、パ、サ、サンドイッチ?何それ?」
聞いたことないぞ、最近流行り出した新製品か?
純粋に興味に駆られて聞いてみる。
店員さんも首を傾げてるのでこのお店にはまだなさそうなんだが。
ついに小山内は黒髪の間からのぞく耳たぶを真っ赤にして顔を伏せてしまった。そんで、蚊の鳴くような声で、
「サンドイッチお願いします。」
とお願いした。
店員のお姉さんが戻って行ったあと、ようやく顔を上げる小山内。
不思議そうな顔をしている俺を見て、真っ赤なまま怒ったような口ぶりで誤魔化した。
「サンドイッチ、私半分でいいからあんたに半分あげる。感謝しなさい。ケーキやパフェだったら半分あげられないでしょ。」
ああ、ケーキのケとパフェのパ、それとサンドイッチのサか。言いかけて、俺に分けられないので別のを言ったんなだな。
もちろんいつも腹減ってる男子校高校生の俺としては喜んでいただくが、小山内は腹が減ってるって言わなかったっけ?それなのに半分くれるのか?なんでだ?
そういう疑問はある。
まあケーキやパフェを半分こできないってところはわかるんだが。
と、俺と小山内が仲良くケーキやパフェを半分こしながら食べてるところを妄想してしまった。
「ダメだ。小山内はチームの大事なパートナーなんだからそういう感情を抱いちゃダメだ。」
とても恥ずかしい妄想だったせいで、思わず、最後のところを口に出してしまった。たぶん俺の顔も赤くなってるだろう。
「そう、ダメ、よ…」
小山内は俺の言葉を聞いてなぜか寂しそうな表情で同意してくれた。その時の俺は恥ずかしいことを口走ったことで、小山内の言葉の途中で深呼吸して落ち着こうとして小山内の言葉の最後の「…」の部分を聞き取れなかった。
小山内、お前なんて言ったんだ?
「絶対」か?
「やっぱり」か?
それとも
「まだ」か?
変な空気になったところに、店員のお姉さんが手早くサンドイッチを作って持ってきてくれた。美味しそうなミックスサンドだ。
俺たち2人はそのサンドイッチに何か重大な意味が込められてるかのように思わず凝視してしまった。
でも、小山内がかすれ気味の声で言った
「あ、あんたに半分あげるんだからさっさと食べなさいよ。」
で、ようやく俺たちは半分こでもぐもぐして再起動した。
ようやくもう1つの方の話しになった。
「ユリちゃんだけど。」
「ああ。」
そうそれ。
「この前のハイネちゃんを助けたあと、お礼に何か私たちの力になれないですかって聞いてくれてたのよ。」
心から感謝してぴょこんと頭を下げてくれた榎本さんの姿が蘇る。
あの後、俺や小山内をそれとなくサポートしてくれてた。
あれも榎本さんが俺たちの力になれないかって思いからなんだろうな。ありがとう榎本さん。
で、それと、榎本さんが、小山内が俺を待ってるってのを知ってたのとどういう関係がある?
「昨日、またユリちゃんから力になりたいって言われたの。最近、私たちの関係を、その、変なふうに思い込んじゃってる人が多くなってきてるから、って。」
思い当たることなんてない…なんて言えるほど俺は鈍感じゃない。
だが俺と小山内の関係は…どういう関係だ?
チームのパートナー、なんだけど、それだけじゃないもっとしっかりと結ばれた、絆みたいなのを俺は感じてる。糸でつながってる感じと言ってもいい。
でもその糸が何色かってのはわからない。
赤色なのかそうじゃないのかってことな。
小学生のあの時、小山内に「ヒーローになれるかも」って言われた時、俺は小山内にたしかに恋心を持っていたんだと思う。
じゃ、今は?
なんか小山内もそういう戸惑いがあるように思う。
俺は「嘘つき君」だった中学時代、そんな恋とか好きとか、そんな感情が生まれる前に摘み取られていってた。
小山内は、何も俺に語っていないが、自分にかけていた呪縛からすれば、たぶん深い関係を誰かと結んでいたようには思えない。男女を問わず小山内から中学時代の友達の話を聞いたことはないからな。
そういう俺たちが、みんなに隠したまま、結んだこの関係。
榎本さんのいう「変なふうに思い込んじゃって」ってのが合ってるのか間違ってるのかすらわからん。
まあ、俺と小山内が、あれやこれやがあっても2人だけで部活を続けてるように見えるし、それは裏の活動を知らない奴らからしたら、変な勘ぐりの元になってるんだろう。
だが、それはそれとして。
「それはそれとして。」
小山内は俺が何を思ったのかわかったんだろうか?
小山内も少し間を置いてたし、俺も考えながら小山内を見つめてしまったから、何も言わなくても読まれてしまったのかもな。
「私がユリちゃんの話を聞いて思ったのは別のことなの。」
あれ?俺との関係を変に思われて気にしないってことか?
ダメだ。さっきから俺の発想がそっちに行っちまってる。
小山内が唇を開く。
「あんたちゃんと聞いてるの?」
「もちろん。」
危ねえ。とりあえず考えても仕方ないことは、横に置いとこう。
小山内が疑わしそうに眉を寄せて俺を見てるし。
俺は考えをリセットするために水を一口飲んだ。
「あんた、この前、私だけが目立つのはどうかって話をしてたでしょ。」
「ああ。小山内みたいなすごいかわいい子がいろいろやってたら…」
俺に話しかけてた姿勢のままいきなり真っ赤になる小山内。
しまった。水一口じゃ足りてなかったか。
「あんたなにさらっと恥ずかしいことを言ってくれるのよ。ば、バカなの?」
「とにかく、おまえは目立つってことだよ。」
慌てて言い繕う俺。
いや、正直言えば、俺は間違ったことは言ってないぞ。
さっきから俺たちは何やってんなだろな。
この調子じゃ、榎本さんの話は明日に持ち越しになっちまう。
まあ、小山内とまたこうやって話するのは楽しいからそれでいいけど、榎本さんには不誠実になるから話を進めないとな。
「それで?小山内はどうしようって?」
小山内は立て直せそうか?
小山内は真剣な表情で続ける。
「ええ。あの、だから、私も考えてたのよ。それで、今のままだったら、私が目立つこともそうだけど、もうひとつ問題があると思ったの。」
「どういう問題だ?」
「私だけがこのまま私たちが助ける人を探すとすると、私の友達とか知り合いの関係者だけしか救えない、ってこと。」
たしかに、榎本さんも、春田さんもそうだった。
薮内さんや詐欺のおばあちゃんの場合は、救いを求めてる人から相談されたってわけじゃなくて、偶然出会った人たちだしな。ああ、城跡で小山内に超能力を使ったのはお互いのために数に入れないのが無難だ。
「そうだな。それでどうしたらいいと?」
「それで、私たちとなんの関係ももってないけど、大変な目にあってる人と出会うためには、私たちにやってることをちゃんと理解して、あなたを信用して、困ってる人と繋げてくれる、サポーターみたいな人がいたらいいんじゃないかって思ったの。あなたはどう思う?」
悪の組織、って言葉が脳裏をよぎったがもちろん口にしない。
でも小山内が口にしたその方法なら、サポーターが増えれば、俺の小山内が目立ちすぎるという不安も、小山内のいう救いを求める人との出会いも、両方ともうまく解決できる。
うん。小山内はやっぱり頼りになるパートナーだ。
「小山内はやっぱりすごい。それとてもいい考えだと思う。」
小山内は俺のその声を聞いてとても嬉しそうな笑顔になった。
「そうよ。あんたも見習いなさいよね。」
何故か俺に対してはすぐに調子に乗ること以外はな。