表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/216

 第74話 再訪 (4)

しばらくすると藪内さんが、前と同じようにお盆に飲み物を載せて戻ってきた。


自然と斉藤先生と武光さんの会話は止まる。


木の輪切りの座敷机の上に乗せられた、あの風呂敷包みに気がついた薮内さんは、俺に隣の座敷へ持っていくように指示した。

まあ、この場で俺が一番下っ端なのは認めるが、なんだかな。


俺が風呂敷包みを持って立ち上がったのを目で追っていた薮内さんは、俺が指示に従って隣の座敷との仕切りになってる襖に手をかけた時に、斉藤先生に話しかけた。


「急に来てもらって悪かった。ちょうどあの覚え書きのことで息子を家に呼んでいたのでな。いい機会なのできてもらった。」


そう言って薮内さんは、自分で淹れてきたお茶に手を伸ばした。


「あんたらも遠慮せずに。」

「はいいただきます。」


そう答えた斉藤先生の前に置かれていたのは俺たちと同じサイダーのグラス。

武光さんには、どう見ても普段使い用にしか見えない、回らないお寿司屋さんで出てきそうながたいのいい湯呑みに入ったお茶だった。

武光さんは、一瞬おいてその湯呑みに手を伸ばしながら目を細めた。


「君は、生徒さんたちから話は聞いたな。」


薮内さんは斉藤先生に、お茶を勧めた時よりも重い口調で話しかける。


「はい。大変貴重なものをお預けいただいてありがとうございます。また、薮内さんが先祖代々秘密にされていた遠西氏についてのお話も頂けたそうで、その内容も聞いています。ただ、もしよろしければ、私にもお話をいただければと…」


薮内さんは斉藤先生の話を聞きながら、武光さんに視線を移した。

俺は指示された通り隣の部屋の机に風呂敷包みを移してゆっくり戻り、斉藤先生の左側に正座した。小山内は斉藤先生の右側だ。


ゆっくりだったのは、大人の話の邪魔をしないため…じゃなくて、ちょっとでも正座をするまでの時間を稼ぐためな。

小山内だけがそのことに気がついたみたいで、あの目力通信で「あきれた。」と言ってきた。

小山内に呆れられようがどうしようが、俺は断固として己を貫くのみ!


斉藤先生の前で、また立ち上がれなくなって小山内の手を借りることになるよりずっとましだ。

当たり前だろ?



俺が座ったところからは、小山内の右側に座っている武光さんの表情が見えた。

薮内さんが先祖代々伝えてきた秘密を、俺たちが教えられたことに驚いているかと思ったら、どうもそういうわけじゃないらしい。

俺たちの姿を見ても驚いてなかったから、あらかじめ教えられてたんだろう。


今、武光さんが浮かべている表情は、あえて言えば安堵と興味か?


なんて思っていると、武光さんが俺を見た。俺はまじまじと武光さんを見てたから思いっきり視線が合って気まずい。ぱっと視線を逸らしそうになったが、それも失礼なのでなんとなく視線を交わしたままになってしまった。


視野の端には眉を寄せて俺を見てる小山内の姿。あれは「あとで言いたいことがあるわ。」の顔だ。間違いない。


そのうち、俺をみている武光さんの表情がだんだんと変わっていく。なんだろう?あれは俺に興味を持ったって顔か?


その間に、斉藤先生の求めに応じて話を始めた薮内さんが、俺たちに話したのと同じ話をしている。

斉藤先生はそれを手回しよく用意してきてたらしいICレコーダーに録音する。


森先生が斉藤先生に「お任せ」してくれてよかったぜ。森先生はこういうのとか、名刺を用意したりとかっていう細かい手回しって苦手そうだからな。


録音を始める前に、斉藤先生は録音することとその内容を公開することの了解ももらってた。な、手回しいいだろ?


俺の注意がICレコーダーに移ったのを見た武光さんも同じ物に視線を移した。

その表情には微かな痛みと苦しみも現れている。いままで藪内家の嫡男にしか伝えられない代々引き継がれてきた、遠西氏の滅亡と藪内家の罪の秘密。

その罪と秘密に縛られた藪内さんと、呪縛から逃れるために家を出た武光さん。


それ程大きな秘密が、今、こんな小さなレコーダーに記録されていて、いずれ、みんなに公開される。

どんな思いなんだろうか。


薮内さん自身はどうなんだろう。


薮内さんは、淡々とあの書き付けに書かれてあるという話を語って、時折斉藤先生が加える質問にも落ち着いて答えている。その声色には俺たちが聞いた時のような苦しみや後悔といったものはないように思う。

むしろ、自分達が伝えてきたことを、きちんと間違いなく伝えたい、という気持ちが表れている気がする。


時折、武光さんも斉藤先生の質問に答えた薮内さんの話に耳を傾けている。そこには感情は読み取れない。


薮内さんの話では、武光さんがこの家を出て行ったのは、薮内家の嫡男としてこの罪を背負っていくのを拒んだ、ということだった。

だから、武光さんはこの話を、家を出ていく前に既に薮内さんから聞かされていたはずだ。

だが、斉藤先生の質問には初めて聞く内容もあるんだろう。

それに耳を傾けているのは、自分たちの継いできたものに対する無意識の執念なのか、それとも歴史に対する興味なのか。



「では、よいな。」


何が?


答えを求めて小山内を見ると、小山内は緊張した顔で武光さんを見ている。

斉藤先生も。


あー、俺がいろいろ考えてるうちに、何か大事なことを薮内さんが言ったんだろう。

やばい。


小山内に気づかれないようにしなくては。


「父さんが決めたのならそれでいい。この家の当主は父さんさんだから。」


武光さんの口調には棘はなく、落ち着いた声だ。だが、その言葉には。

やっぱり長年のわだかまりは一朝一夕にはいかないもんなんだろう。


で、何が?


「では、斉藤先生お願いします。」


そう言って薮内さんは頭を下げた。

小山内も詰めていた息をほっと吐き出す。


「はいたしかに。ありがとうございます。」

「ありがとうございます。」


そう言って斉藤先生と小山内は同時に頭を下げた。

俺も慌ててそれに倣う。


で、何がっ?


わかったのは、小山内にばれたということだけだった。頭を上げたあと、無表情な上に虹彩を消した瞳で俺を見たからな

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ