第73話 再訪 (3)
小山内は、ようやく乗り込めた俺との僅かの隙間に、それまで膝の上に置いてた自分の鞄を容赦なくぐいぐい押し込んできた。
そこまで嫌かよ。
さすがに若干しょげた俺の様子をみて、なぜか慌てた小山内は、言い繕うかのように、
「外を見なさいよ。」
と、車の外を指さして俺に言った。そういう自分は顔を伏せてしまっている。まるで連行される犯人みたいだ。
なんだ?
俺も窓から小山内が指さした車の外を見ると、ニヤニヤしたり、コソコソ喋ったり、怒ったり、泣きそうになったりしてる奴らが男子女子問わず何人もこの車に注目してる。
怒ったり泣きそうになってたりしてる奴の中には何人か見覚えがある奴もいるからから、俺は明日から、セクハラ大魔王だな。わーい!
「あんたが、あんなのろのろしてるからみんなが見てるじゃないの。」
顔を伏せたままでそう言う小山内の耳たぶが真っ赤になってる。
だが、みんなの注目を集めたのは、小山内が大騒ぎしたせいだぞ、絶対。
とはいえ、真っ赤になってる小山内にこんなことを口に出来るわけもない。
俺に出来るのは、斉藤先生が早く戻ってくるのを、「悪いことなんて何もしてません、覗くやつが悪いんです。」みたいな表情で平然と待ってるくだいのことだ。
言わなくてもわかってると思うが、外見は凪、心中は大嵐、だからな。
空気を読めない、という枕詞が俺の話の中でこれから付きそうな斉藤先生が戻ってきたときには、ぴくりとも動かない俺と小山内に飽きたのか、取り巻いてる奴らは数少なくなっていた。
「お、ちゃんと乗れたんな。狭くてすまないが少しの辛抱だ。じゃ行こうか。」
斉藤先生、その言葉に、異議あり!
少しの辛抱って、俺の学校生活がこれから暗転しそうなんだが。
…小山内も、ちょっと間、俺にセクハラされた、って言われてしまうかもな。
はああああ。しまくってた嫌な予感、見事に的中。
俺、もしかして予言者の能力も発現させてしまったのか?
なんて、考えて気を紛らさせらなきゃならないほど、これ、うがーってシチュなんだぜ。
もういいって?
ようやく出発したら、あっという間に藪内さんち。
待ち時間の方がよっぽど長かった。
ちなみに、車が走り始めて、揺れた拍子に俺たちの間に小山内が詰め込んでいた鞄についてた何かが俺の太ももに食い込んできた。
俺が、「痛っ!」って思わす声をあげたら、小山内は「やっぱり邪魔ね。」とかいって、俺を一睨みしてから、俺たちの間に詰め込まれていた鞄を膝の上に戻してくた。
もちろん、「鞄はとるけど、こっちに寄ってきたら、わかってるわよね。」ともうひと威嚇は忘れてなかったよ。
そんな、数々の艱難辛苦を乗り越えて、藪内さんちに着いたんだが、なぜか、前は閉じられていた藪内さんちの正面の大きな門が開けられている。
あ、車で来るから開けておいてくれたのか、と思ったら、門の中に既に先客が。
乗ったことはないけど、名前はよく知っているドイツの高級車メーカーの、如何にも高級車な白い車が駐まっている。
「あの車、前は駐まってなかったわよね。」
って小山内も言ってるから、俺の記憶は確かなんだろう。
あの車の感じからして、庭の手入れをしに来た人じゃなさそうだ。
藪内さんのお世話をする人が、あんな豪勢な車にのって来るか?
はて?
斉藤先生は、そんなことお構いなしに、車から降りて荷物を取り出す。
チラッと腕時計をみて、俺たちに、「約束の時間まで余裕が無いから、急いでくれ。」だとよ。
ほんと、急いで欲しかった。
玄関先で斉藤先生が「こんにちは、英堂館高校の斉藤です。」と声をかけたら藪内さんが出てきてくれた。
斉藤先生の後で並んでた俺と小山内はも「こんにちは。」と言いながら頭を下げる。
「待っていたぞ。」
あの太い声で藪内さんは声をかけてスリッパを出してくれた。やっぱり親切な人だな。みんなでお礼を言って藪内さんの案内に付き従って、またあのお座敷に。
そこには、スーツ姿の日に焼けた中年の先客が待っていた。
「上がって待っていなさい。」と言い残して藪内さんは廊下の奥に姿を消した。
斉藤先生はお座敷に上がると、両膝をついて、先客の人に一礼して「お初にお目にかかります。英堂館高校の社会科教師をしております斉藤と申します。」と言いながら名刺を差し出した。
そうか、以前からあの城跡の調査のために藪内さんと面識ありそうなのに、なんで名刺がいるのかと思ったけど、この人がいることを知らされてたからか。
俺たちにも言ってくれてたら…名刺なんてもってないから一緒か。
なので、俺と小山内は「同じく英堂館高校の中世史研究会の者です。」と名乗って一礼。
先客の人は、興味深い、って表情をして、太めの声で自己紹介をしてくれた。
「薮内武光です。父がお世話になったそうで。」
「あっ。」
小山内が小さく声を上げた。
聞いたことある名前だぞって、藪内さんの息子さんじゃないか!
そういえば、ちょっと角張った顔つきも太い眉も低めの声も似ている。
「いえいえ、私どもの生徒が、大変御迷惑をおかけした上に貴重な資料までお預けいただきまして、感謝しております。」
大人の会話なのはわかっているが、「御迷惑をおかけした」、ってのはどうなんだよ、ってのが俺の顔に出たのか?それとも、小山内にはなぜか察知されてしまったらしい。
おっと、ここで小山内の新技炸裂。
むぎゅっと右足のふくらはぎをつねられた。
これ、足が痺れてたら悶絶ものだっただろうが、まだまだ平気なので全然効かない。
へへーん、小山内破れたり。
ってもの察知されたら恐いので、俺は素直に神妙な顔になった。
何度も言ってるが、俺ヘタレだから。
俺たちが背後でそんな攻防をしているのを知ってか知らずか、斉藤先生は武光さんとお話し開始。
といっても、あの書き付けについてのディープな話しではなくて、お待たせしましたか、いえいえ、的な当たり障りのない会話だ。
ただ、俺は、お座敷に入ったとき、武光さんの視線が、斉藤先生が抱えていたあの風呂敷で包まれた箱に釘付けになっていたことに気がついていた。